チョット待て!?反自殺本2007

 自殺の多い国と言われておりますが、精神的な意味で自分を殺している方も多いのではないでしょうか。
 もしも悩んでいるならば、こちらのテーマを覗いてみてください。
 少しでも気分転換のお手伝いができれば幸いです。
 鈴木(千城台店)
『卒業式まで死にません』
南条あや 新潮文庫 ¥500
『二十歳の原点』 
高野悦子 新潮文庫 ¥420
僕はコンプレックスのかたまりで、自分の嫌いな所を数えだしたらきりがありません。それでも、自分の全てを消し去りたいような気持ちに心を埋められた事はありません。自らを殺す、読んで字のごとく自殺って究極的な行動です。死は全ての人に必ず訪れます。どんな偉人にも、どんな悪人にも必ず訪れる逃れようのない現実、それが死です。だから僕は死を恐れ、死を敬い、そしてやがて受け入れる、僕にとっての死の認識です。この本の著者南条あやさんにとっての死は僕とはずいぶん違うようで、薬物の過剰摂取、リストカットといった自傷行為、彼女の周りには常に死が存在し、それは僕の認識する死に比べ、あまりにも軽やかであり、透明であったように思います。今回、彼女の本を読み、彼女の思い、彼女の才能に触れ、彼女のあったはずの可能性を思い、やはりどんな思いがあったとしても、自殺なんかしてはいけないと改めて思いました。
小林(本店)
「独りで生きてゆく。そしてみんなと一緒に生きていきたい。『お早う』と笑顔で一人一人の人間にあいさつできる人間になりたい。」そう書いてからたった三ヵ月後、二十歳の大学生であった著者は、自らの意思で命を絶った。この本は、社会に関心を持ち、理想を抱き、自己と闘い苦しみながら生きた一人の女性が、ただひたすらに自分の内面をぶつけた記録だ。鋭く繊細な感性と自分への過剰なまでの厳しさ、真直ぐさゆえに自分を追い詰めていく言葉は、約四十年間という時間を超えて読み手の心を打つ。
「どうして死んだの?」「死んでよかったと思う?」亡くなった人から、決して答えは返ってこない。でも、生きることが難しいと感じ、たまらなく孤独な時、この真摯に生死を考えた一人の自殺者の記録は、そっと心に寄り添い、気持ちを見つめなおすきっかけを作ってくれるのではないかと思う。
高頭(聖蹟桜ヶ丘店)
『遺書』
verb 幻冬舎文庫 ¥520
『友だちは無駄である』
佐野洋子 ちくま文庫 ¥609
「自殺」それは止められないのか。
自殺という選択をしてしまった若者5人の遺書、自殺に至る経緯、残された遺族の想いで綴られたこの本。
「どうして気付いてあげられなかったのか」
後で考えるとSOSは発信されていた。そのSOSをどうキャッチし、自殺を回避出来るのか。
簡単な事ではないけれど「理解」は人を救えると思う。
この本を読んで自殺の現状を知り、少しでも苦しんでいる人の「死」を防げる様、
わずかなSOSもキャッチ出来る様になるといい。そしていじめがなくなるといい。
自殺を考える程追い込まれている人に「頑張れ」とか「思いとどまれ」というのではない。
周りがどれだけ気付けるか、に全てはかかっているのである。
横山(聖蹟桜ヶ丘店)
 豊かな人生とは何か?生きたいと積極的に願える人生とは何か?それは無駄なものが多い人生ではないだろうか?
 タイトルから早とちりすることなかれ。友だちというものは無駄な存在だから排除せよ、ということを言いたい本ではない。むしろその「無駄」こそが何物にも換え難い価値があるということ。「100万回生きたねこ」の佐野洋子が、自らの青春を対話形式で振り返り、
 私たちにはなぜ友達が必要なのか?というある種の「謎」を解明していくような、目から鱗が落ちるような一冊。
 しかし本書を読んで改めて思ったことは、人生を豊かにする本というのは本当のことしか書かれていないものだということ。「100万回生きたねこ」だって愛に関する本当のことしか書いていなかった。
日野(八千代台店)
『毒舌身の上相談』
今東光 集英社文庫 ¥520
『カイン 自分の「弱さ」に悩むきみへ』
中島義道 新潮文庫 ¥420
人生とはかくもくだらないものである。人生の悩みなど、その時の当人にとっては切実なものであっても、振り返れば実にくだらないものだったということが多い。希代の怪僧今東光和尚に寄せられた当時の若者たちの悩みを読むにつけ、和尚でなくとも「お前アホちゃうか!」と突っ込みたくなるものばかり。だが和尚はそんな若者どもにも愛情溢れる毒舌でご回答なさっている。ではこの和尚にこんな悩みを打ち明けてみたとしよう。「生きていくのが辛いです。もう死ぬしかないと思いますが。」 きっと和尚の回答はこうに違いない。「ああ、とっとと死んじまいな!お前が死んだって誰も困りゃしないよ。」 
 悩める人よ、本書を紐解いてみるがよい。たとえ本書の若者たちの悩みに共感することなどなくとも、今東光和尚の破格の人間パワーの前に脳がリセットされること間違いなし。
日野(八千代台店)
この世の中は自分に正直であればある程生き辛い。思っている本当のことを口にすれば、周囲の人間や世間からパージされる恐怖に怯えなければならない。この世にはびこるのは常識、モラル、欺瞞、偽善。それらは本当はウソであるにも拘らず、善良な顔をして私達をがんじがらめに拘束しているのである。誰もが本当は「心の叫び」を上げたいはずだ。「心の叫び」が飽和点に達した時、自らの命を絶つ人が本当にいるのかもしれない。それだけ人間は弱い生き物なのである。では弱い私達はどう生きればよいのか? そのヒントがこの本に記されている。この本は弱い私達を慰めてくれるような優しいものではない。しかし、それでもあえて推薦するのは、この本には「ほんとうのこと」しか書かれていないからだ。人間の「心の叫び」に耳の奥まで傾け、きれいごとを一切排した真摯な言葉が、悩める者達の心の奥まで突き刺さるに違いない。
日野(八千代台店)
『マザー・テレサ あふれる愛』
沖守弘 講談社文庫 ¥520
『蝶々の纏足/風葬の教室』
山田詠美 新潮文庫 ¥540
正月は寺社へ初詣に、クリスマスにはツリーを飾りケーキを食べ、結婚式は神仏・教会と選べる日本人にとって、宗教は身近であったとしても、信仰については、決して身近ではないかもしれない(そうでない日本人も勿論いるが)。キリスト教徒として神に仕えたマザー・テレサという人は、そんな我々日本人だけでなく、全世界の人々にとっても特別な存在であると思う。その生涯にわたって愛を与え続けたおこないと言葉に、本書を通して一人でも多くの人に触れてほしい。「平和も戦争も、家庭から始まる。家庭に愛があれば、平和と喜びが隣人にも及ぶ。愛は愛を生む。」「人間にとって最も悲しむべきこと、それは病気や貧困ではなく、自分は必要のない存在だと思いこむこと。」自分の身近な人が苦しんでいるとき、どうすればよいのだろう。もし、自分が死について考えるなら・・・そのときはこの本を手に取り、マザー・テレサに出会ってください。
片山(千城台店) 
『風葬の教室』の主人公の少女は、学校でいじめにあう。暖かい家庭に恵まれ、男の目を惹きつける容貌とたぐいまれな観察眼を持っているのに、教室という小さな社会の中で生きる場所を失ったせいで、この世の中から消えてしまいたいとすら思うようになる。自らの命を絶つ代わりに、彼女がやったことは、同級生を一人ずつ、心の中で冷たく殺していくことだった。
 この短い小説が書かれた頃より、もっと残酷な現実を生きているかもしれない今の子どもたちにも、読んでほしい。辛くても死なないで。憎くても相手に危害を加えないで。生き延びるためなら、心の中で彼らを葬ってしまえばいいよ。それを正しくないと言う大人もいるだろう。恐ろしい事考えたな、と思う日も来るかもしれない。だけど、心はどこまでも自由だ。誰にも支配できない、自分だけのものだ。
高頭(聖蹟桜ヶ丘店)
『非・バランス』
魚住直子 講談社文庫 ¥470
『天国はまた遠く』 
瀬尾まいこ 新潮社文庫 ¥380
 中学生の頃、20歳を過ぎたら大人だと思っていた。けれど、20歳をとっくに過ぎた今、あの頃の自分が思っていた大人には程遠い自分がいます。
 さて、この作品の主人公は中学生の『私』。彼女の中には2つ決め事がある。
1・クールに生きていく。2・友だちはつくらない。
でも、2つの決め事を守り通すのは難しくて、私はバランスが上手くとれずにいた。そんな時目の前に現れた理想の大人・サラさん。磁石が引き合うように一緒にいるようになる2人、けれどそこに理由はない。一体何が2人を引き合わせるのか?
 理想と現実と向き合う2人の距離は一体どう変わっていくのか?大人になったから読める本でもあり、あの頃の自分が読んだら、と今の私は思わずにいられないのです。
高橋(聖蹟桜ヶ丘店)
死ぬつもりで知らない土地へ。しかし失敗。自殺に失敗。
のどかな、あたたかい知らない土地と知らない人、
そして、自分の居場所は...。
タイトルだけ聞くと重そうに感じますが軽快で読み終わった時には清々しい気持ちになります。とにかく読みやすいので大人にも子供にも!  
横山(聖蹟桜ヶ丘店)