のぞいてみたい他人のごたごた10冊2007

他人の不幸は蜜の味――言い古された言葉だが、人間いつの時代も、これを否定できないのは事実だ。
ミステリーであれ、ホラーであれ、恋愛小説であれ、登場人物に襲い掛かる不幸の数々ほど、
読後のカタルシスを高めてくれるものはない。
というわけで、ちょっとおいしい(?)「他人のごたごた」を集めてみた。
この「蜜」が本当に甘いか、それともしょっぱいか。
テイストの感じ方は、あなた次第である。
茶木則雄(本店・聖蹟桜ヶ丘店・いわき店・茂原店ゾーン店長)
『帰りたくない!』
茶木則雄 知恵の森文庫 ¥680
『死の棘』 
島尾敏雄 新潮文庫 ¥781
 部下である私にとって、上司の家庭のごたごたなど、できれば隠しておきたいのだが、好きに書いて構わないと店長・茶木則雄がいうので、棚卸後の飲み会のことでも書こうかと思う。地獄の棚卸が終わり、酒を飲みながらみんなが和やかなムードになったころで、なぜか話題は茶木家のことになった。そこで飛び出した言葉である。
「ある時、家に帰ったら玄関の暗証番号変わってて、それから番号教えてもらえないんだ」
 なぜ店長が家から閉め出されなくてはならなかったのか、それは本書をお読みいただければ十分すぎるくらいに納得していただけると思います。恐ろしいことに、ここに書かれているのは「ほぼ実話」だそうですから。
 先日、社員旅行で他の社員の子供を執拗に可愛がる(?)店長を見て、哀れな気持ちになりかけましたが、本書を読み返して自業自得と思いました。
青木(聖蹟桜ヶ丘店)
 他人の家の不幸を垣間見たい、などと甘い気持ちでこの私小説を手に取ると、酷い目に遭う。読み始めたら否応なく、どっぷり地獄の深淵までをも、覗き込むことになるからだ。
 夫の度重なる浮気が原因で、突如、精神に変調をきたしはじめた妻。取り憑かれたように夫の過去をあばきたてる彼女の姿に、かつての愛情濃やかでやさしい妻の面影はまったくない。夫はひたすら過去の不実を詫び、許しを求めるが、妻の狂乱の度合いは増していくばかりだ。妻から目を離せないため生活は困窮、小学生の息子は父親を白い目でにらむようになり、家庭は完全に崩壊してしまう。身に覚えがあるオトーサンは、凡百のホラーが裸足で逃げ出すほどの恐怖を感じることだろう(あくまでも想像ですが)。しかしそれでいて物語の根底には、断ち切れない夫婦の絆と奥深い愛情が、これでもかと横溢している。
凄にして切、狂にして真――純文学の極北、と呼ばれる所以である。
茶木(本店)
『ホームドラマ』
新堂冬樹 河出文庫 ¥560
『蕁麻の家』
萩原葉子 講談社文芸文庫 ¥987
 ホームドラマはホームドラマでも、本書で描かれるのは新堂風のホームドラマである。要するに、ブラックでシニカルな作品ばかりだ。なかでもとりわけ黒い哄笑が湧き上がってくるのが、「団欒」と「賢母」の二作。誰でも知っている有名な長寿テレビアニメをモチーフにしたパロディだが、これが実に笑える。貝の名前を持つ妻の実家に養子に入った男の視点で描いた「団欒」は、途中までネタが分からない仕掛けになっている。したがってここでは伏せるけど、常に家族思いのいい婿を演じなければならないマスオさん(あっ、言っちゃった)の日ごろの鬱屈たるや、さもありなん。上出来のパロディに仕上がっている。が、爆笑を誘うのは、フネの視点で描かれた「賢母」。若いツバメに溺れ、絵文字入りのメールを打つフネの姿には、のけぞる他ない。世間にありがちな熟女の浮気と言えばそれまでだが、なにせ相手が良妻賢母の鑑、フネだからなあ。怖いです(笑)。
茶木(本店)
若い恋人を作り、家を出た母。社会性に乏しく、娘に無関心なダメ父。そして、シンデレラもびっくりの家庭内いじめを執拗に行う鬼ババとしか言いようのない祖母と、そろって自己チュウで理不尽な叔父叔母たち。悪意に満ちた家の片隅で、暗い恨みと強い自意識を内に秘め寡黙に成長する主人公は、おとぎ話なら迎えに来るはずの王子様にあっさり素通りされ、無知と愛情不足ゆえ、身も心も傷つく出来事に見舞われる・・・。
 日本を代表する詩人、萩原朔太郎の娘が、「これだけは書かずには死ねない」と言う決意の下に表した自伝的小説の第1部である。孤独な思春期を送った主人公の激しい痛みと悲しみ、そして、天才詩人の父を恨みつつも尊敬し、そのかすかな愛情表現に救いを見出だそうとする様が切なく、胸に迫る。「愛憎」という言葉の意味を、この作品に出会って初めて知ったような気がする。
高頭(聖蹟桜ヶ丘店)
『ジャージの二人』
長嶋有 集英社文庫 ¥450
『かび』
山本甲士 小学館文庫 ¥690
 この作品は、他の長嶋作品に比べると低いようで実はかなり「ごたごた」度の高い小説だ。夏の終わり、北軽井沢の山荘に行く父(三度結婚をしたもその相手ともうまくいってない様子)と犬にくっついてゆく僕は、小説家志望だがなかなか書けないままそろそろ仕事をみつけなければ、と思っている。妻には大恋愛をしている相手がいて、その妻との行状も描かれる「ジャージの三人」との連作になっている。激情にかられた登場人物たちによるバイオレンスな描写はなく、お湯が静かに沸くように淡々と展開される。だからこそ父がつぶやく「死んじゃえ」というセリフや、僕の「嫉妬で心の中が黒く満たされていく」など時折出てくる表現にドキリとさせられる。解説の柴崎友香氏がいうように、小説を「テーマ」や「メッセージ」を解読することなく「ただ読む」ことをしてほしい作品だ。最後に明かされる「和小学校」の読み方も、なんかいい、のである。
片山(千城台店)
  最初に読み薦めていったときは、平凡な主婦が、平凡な日常生活を送るホームドラマ的に物語りが進んでいくのかと思っていたのですが、次々とトラブルが起こります。
 他人事だからおもしろいのですが、リアルに起こりそうなごたごたトラブルなので、一気に読まずにはいられなくなります。
山内(芝山店)
『介護と恋愛』
遙洋子 ちくま文庫 ¥651
『人間動物園』
連城三紀彦 双葉文庫 ¥660
  初めて、大好きだったおばあちゃんに「あなたは、誰だったかな?」と言われてしまったときのことは、忘れられないでいます。
 自分の子どもさえわからなくなってしまっていたので仕方がないと思いながら、老いとは本人ではなく、周りの皆が悲しいのだということを、祖母は教えてくれました。
 当時はまだ孫の出番は無く介護には参加しなかったのですが、この本は、笑わせてくれながら介護での辛い気持ち、後悔の気持ちを楽にしてくれます。家族の絆を感じられる一冊です。
山内(芝山店)
降り積もる雪に押しつぶされそうになっている町、それがこの誘拐劇の舞台になっている。この雪の街では、些細なことが重大なことに、疑惑が潔白に、無関係な事柄が関係性を帯びてきて、簡単に白黒が反転する。
 また、登場人物たちの心理も同様だ。誘拐者、被害者、刑事、その他の全ての登場人物たちは雪が降り積もるのと比例して、自らの内側にあった黒い感情を自覚せずにはいられなくなる。自然の前では、人間の力など微々たる物だというのは、承知の上だろう。しかし、それ以上に恐ろしいのは、人間は自然の力の前では簡単に精神的にも追い詰められるということだ。自然(雪)に押し潰された世界では、人間は簡単にその本性をむき出しにする。静かで美しい光景と醜い人間の本性の対比を、最後に仕掛けられた真相を、ぜひとも堪能して欲しい。
太田(瑞江店)
『岸辺のアルバム』
山田太一 光文社文庫 ¥800
『家族依存症』 
斎藤学 新潮文庫 ¥514
 これはまだ、携帯電話もなく、ポケットベルすら影も形もなかった時代の物語。駅員はこの上なく無愛想で、「ステレオ・コンポ」を買ってもらうのがほとんどの男子高校生にとって人生最大の望みだった(「セパレート・ステレオ」は不可)。ここに登場する一家に起こる出来事は、今日の目で見ると特筆するほどの「ゴタゴタ」ではなかったりもする。高校生の長男は現代の東京では生きていけないくらい純真だし、昨今の人妻なんてこのくらいのことはみんなしてんじゃねぇの? とか。だけど、心揺さぶられるのだ。一本の電話をきっかけに顕在化する妻の日々の鬱屈の描写はなんだか生々しいし、純真な長男は純真ななりに(?)一生懸命生きていて、彼の悩みは読む者の胸を締め付ける。お互いへの思いを抱えつつも一家が崩れ去っていく過程と、崩れ去ったと見えた瞬間にこそ現われる家族の明日を描いた本書は、時代を超えて読まれるべき傑作だと思う。
近藤(新松戸店)
 お互いに依存しあうことで、お互いを蝕んでしまう。そんな関係を精神医学界では「共依存」という。本書では、共依存症が引き起こされる要因として家庭環境に焦点を当てており、ひきこもりや拒食・過食症、仕事中毒なども、共依存が要因のひとつであると説く。
 人間が成長し、自己が形成されていく中で、家族が果たす役割は大きく、それゆえ不適切な関係が続いてしまうと、いつしか世間と上手に関わることができなくなってしまう。共依存という自覚症状が無いために発覚が遅れ、気づいた時にはもう手遅れの場合もある。なによりも怖いのは、この病気が誰の身にも起こりうるというところだろう。
 著者が今まで関わってきた患者の具体的な症例を多数挙げており、共依存の入門書として非常にわかりやすい。自分にはまったく無縁だという人ほど、予防接種という意味で一読をおすすめしたい。                        吉岡(本店)