うすくて読みやすい傑作

本が薄いというのはよいことです。どういう点がよいかと申しますと・・・
@携帯に便利。お腹が出てきてジーンズがきつくなってきた私のポッケにもらくらく入ります。
A薄いので内容も短いものであると予想され、私のような読書嫌いでも、とりあえず手に取ってみようという気になれます。(最後まで読むかは別にして。)
B短時間で読める短編、中編のため、読書に時間を割かなくて済む。嫌いな本を読書感想文等の宿題のため読まざるを得ない学生諸君にぴったり。
Cもし最後まで読みきったら、とりあえず「オレは本を読破したぜ!」という満足感と達成感に浸ることができます。
Dそれに気をよくしてもう一冊という気になり、読書好きになるきっかけとなるかもしれません。(ただあまり欲張りすぎると逆効果ですが。)
そして何よりその本が、傑作であれば何も言うことはありません。短い文章の中に、人生を変えるような出会い、感動があなたをまっているかもしれません。
『地下鉄のザジ』
レーモン・クノー 中公文庫 ¥740
『トリツカレ男』 
いしいしんじ 新潮文庫 ¥380
 レーモン・クノーは前衛の人である。どのくらい前衛かというと、なにしろシュルレアリズムと「訣別」をしたくらいである。あるものと「訣別」するためには、それまである程度親しかったはずで、結婚しなけりゃ離婚はできない道理。ところが、そういうトンガッた人が書いているくせにクノーの本はとても読みやすくておもしろいのだ。そして、その中でも最も直截的におもしろくてわかり易いのがこの『地下鉄のザジ』である。どうやらこれは「ブンガク」らしいので、読んでいてゲラゲラはさすがに笑わないが、「クスクス」くらいはしょっちゅうだ。しかもそれがクノーの本にしては珍しく文庫になっていて安いとなれば、買って読まなきゃ損、というくらいのものである。パリの伯父のところにやってきた少女ザジが巻き込まれる(引き起こす?)騒動に振り回されて驚いたり笑ったりしているうちに読者はずいぶんと遠いところまで連れていかれるはず。
近藤(新松戸店)
 いしいしんじさんの本を読んでみたいけれど、ぶ厚いのでなかなかきっかけがつかめない、とおっしゃる方に、いつもオススメしているのがこの本です。主人公のジュゼッペは、一度何かにとりつかれると、そのことで頭の中も生活もいっぱいになってしまう男。オペラに夢中になれば一日中歌い続け、三段跳びにとりつかれれば世界記録を出し、外国語にとりつかれれば、十五ヶ国語マスターしてしまう。そんな「トリツカレ男」の切ない恋の模様を描いた物語です。どうすれば彼女が喜んでくれるか、笑顔からにごりが消えるのか。自分が愛されることより、彼女の笑顔を見るために行動するトリツカレ男。自己犠牲なんで言葉が陳腐に見えるくらい全てを投げ出すジュゼッペを、舞台となる町に住む見えない登場人物の一人になった気分で、ハラハラドキドキ、笑ったり胸を詰まらせたり。心地よい文章のリズムに乗りながら、時間を忘れて読める本です。
『幽霊たち』
P・オースター 新潮文庫 ¥420
『D‐ブリッジ・テープ』
沙藤一樹 角川ホラー文庫 ¥420
 今回この文章を書くにあたって数年ぶりに本書を読み返してみたが、決して読みやすい小説ではない、かもしれない。でも面白い。間違いなく面白いのだ。私立探偵のブルーは依頼を受けてブラックという男を見張るのだが、このブラック、たいがい本を読んでいるか何かを書いているだけで、事件らしいことは何も起こらないのである。そんな話のどこが面白いのかと思われても致し方ないのだけど、読みながらいろいろと深く考えさせられてしまうのだ。文章を書くということ、読むということ。世界について。生きることについて。この夏、哲学的思索にふけるなら、カフカやカミュもいいけれど、オースターもおすすめしたい。
池田(新松戸店)
 正直、私はグロテスクな描写は割と平気です。しかし、この本は今まで私が読んだ中で一番醜悪で残酷でやりきれなく、正直もう一度読むのは苦痛に感じました。けれども、少年少女の痛いくらいのお互いへの愛情や、生きるということへの執着を同じくらいに感じ取ることが出来ます。一生懸命生きようと努力している少年達にあまりに厳しい環境、その為にしなくてはならなかった生き方の選択、大人たちの冷徹さ、そのようなものに腹を立てつつ、ラストのやりきれなさと、読んでいる者にもありとあらゆる感情が芽生えます。これが、デビュー作だという作者の才能には驚くばかりで、よくもこんなに少ないページにこれだけのものを凝縮できたと感心するばかりです。グロテスクな描写も平気な方には特にオススメです。生ぬるい純愛に飽きたという方は是非お読みください。
太田(瑞江店)
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』
森絵都著 角川文庫 ¥460
『サマータイム』 
佐藤多佳子著 新潮文庫 ¥420
仲良しグループは、微妙なボタンのかけ違いでギクシャクし、どう取り繕うとしても以前と全く同じ関係には戻れない。そうしてから初めて、まるで奇跡のような偶然と精巧さでできたものだったことに気付く。私たち大人はもうそのことを知っている。思い通りにいかない苛立ち、好きだからこその嫉妬とうしろめたさ、いつまでも立ち止まってはいられないということ。森絵都の小説は、そんなことを思い出させる。
本書は、3つの曲に模した3つの話で構成されている。表題作の登場人物の4人の関係は、サティのワルツのようにすれちがい、かみあわず、奔放に飛び跳ねる。けれど最後には全てが予想図通りであったかのように美しく収斂するのだ。実に清清しい気持ちにさせてくれる。誰もが少年少女の頃、こんな気持ちになったことあったよなあ、と思い、すんなりと入り込むことのできるやさしい物語。
小峰(IY船橋店)
三人の小学生の、宝物のようにキラキラ輝いて、少しだけしょっぱいひと夏の物語。まったく毒がなく、清涼飲料水のようにまっさらな文章から、登場人物ひとりひとりを見詰める著者の優しい視線を感じることができる。作中において印象的に流れてくる曲・サマータイム。この曲こそが、見事に皆をつなぎ、ひとなつすべてを象徴している。夏、プール、潮の香り、そしてピアノ。ちりばめられたこれらの要素が、作品の繊細さを奇跡のように形作る。この透明感は文章に触れていただければ一瞬で感じることができると思う。私が大好きなシーンがここ。ボールいっぱいに、ブルーのミント・ゼリーと、グリーンのリキュールゼリーを混ぜて冷やし固めた(中略)プラスチックのボールの中の海。青と緑の冷たい、しょっぱい、不思議な海の味だ。読んだとたん頭の中に情景がぱあっと広がり、えもいわれぬ爽快感に包まれることだろう。
小峰(IY船橋店)
『月の砂漠をさばさばと』 
北村薫 新潮文庫 ¥540
『絹の変容』
篠田節子 集英社文庫 ¥410
 北村薫の作品世界が大好きです。日常へ向けられる優しい、けれど優しいだけではない、確かなまなざし。言葉のもつ力を知り尽くした筆力。この作品も、それが如実に表れている物語です。小学生のさきちゃんと作家のお母さん、二人暮らしの日常がていねいに綴られてゆきます。たとえば冒頭の『くまの名前』。布団の中でさきちゃんにせがまれて、お母さんがお話をします。暴れん坊だったくまさんが、近所の新井さんに連れられて家族の一員になると、大人しく洗濯ばかりしているというお話。そう、くまさんはあらいぐまさんになっちゃったんですね。ここでさきちゃんと一緒に、くくっ、と笑っていると、翌朝さきちゃんがお母さんに投げかける質問に、あっ、と思わせられることになるのです。そこは読んでのお楽しみ。
池田(新松戸店)
 まず、最初に忠告しておきます。虫嫌いの人は読まない方がいいかもしれません。私は極度の虫嫌いではありませんが、大量の蚕が樹木にびっしりたかっている描写はさすがに鳥肌モノでした。しかし、それでも最後まで読みきってしまうほど、魅力的な作品です。天女の羽衣のような美しい絹を作ろうとする男の夢は叶うのか。男に協力する女性生物学者が遺伝交配して改良した蚕はどうなるのか。町全体を巻き込む混乱はどう収拾がつくのか。男と女性生物学者の関係はどう変化するのか。続きが気になってモゾモゾグチャグチャする蚕の大群に「ぎゃー」となりながらもページを捲ってしまいす。むしろ、読み終わった今となってはあのおぞましい、気色悪い蚕の描写は映画にも勝るとも劣らないリアリティがあって凄い、とさえ思えてしまいます。ページ数のせいだけではなく、あっという間に読めてしまうこと請け合いの作品です。
永守(八千代台店)
『西日の町』
湯本香樹実 文春文庫 ¥450
『二〇〇二年のスロウ・ボート』 
古川日出男 文春文庫 ¥500
 個人的なことで恐縮だがこの春父を亡くした。なんとか臨終には立ち会うことが出来た。あまり立派な父親だったとは言い難い人だったが、それでも自分にとって父と呼べる人はこのオッサン以外にいない、という思いを強くした。そんな血の繋がりというか、絆というものの存在がある意味奇妙に感じられたが、今となっては嬉しくも思っている。そんな時にこの作品と出会ったことは、私にとって偶然以上の意味があるように感じている。
 母子家庭育ちの少年と祖父の触れ合い、そしてその臨終に至るまでの少年の複雑な心の変遷を、黄昏行く北九州の町を舞台に、あくまで淡々と、しかし丁寧に描いた珠玉の作品。
一時間程で読み切ってしまう短編だが、身近な人の死を通して初めて知ることの出来る人の思い、そして家族の奇妙なまでの絆というものを、この作品は教えてくれる。
日野(八千代台店)
 古川日出男。恐らく今日本文学界の最高峰に位置する書き手ではないだろうか。普段本などほとんど読まないヤツが何を偉そうに、と言われそうだが確信を持ってそう言い切ってしまいたい。その理由は本書をお読み頂ければ充分伝わると思うが、とにかく私はこの「ときわ夏一〇〇」で古川日出男の作品を紹介することを心待ちにしていたのだ。村上春樹「中国行きのスロウ・ボート」のこの大胆かつ素晴らしいリミックスは、ストーリーだけ追えば冴えない男の三度に渡る間抜けな失恋話で、スケールこそ「アラビアの夜の種族」や「ベルカ、吠えないのか?」に及ばないが、こんなに魅力的な小説になっているのは天才作家の成せる技である。薄くて読みやすい文庫を、というテーマの主旨からすると本書は決して読みやすいとは言えないだろう。だがこの一五〇ページ余りにブチ込められたエネルギーと文章から溢れ出るテンションをぜひ体験すべし!
日野(八千代台店)