知られざる日本の10人

戦国時代から明治時代の人物と言ったら、誰を思いつくでしょうか。
織田信長や坂本竜馬、有名な人物を書いた傑作は、枚挙に暇がありません。
ですが、人の歴史はそれこそ、無数の人々によって紡がれてきました。
ここでは、あまり良くは知られていないけれども、実は、とても魅力的で、今だからこそ、あらためて見直しておきたい人物を描いた作品を紹介します。
それでは、隠された歴史の扉を開くことにいたしましょう。
そこには、ずっとあなたを待っていた「あの人」がいるかもしれません。   皆川(千城台店) 
 
『流星―お市の方』 
永井路子 文春文庫 上下各¥650
『罪なくして斬らる 小栗上野介』 
大島昌宏 学陽書房人物文庫 ¥735
 戦国時代の女性というと、いつもシクシク泣いているような印象をもっていた。政略の道具として結婚させられたり、可哀想な存在だとずっと思い込んでいた。しかし、この本に出会い、その考え方は全く変わったのだ。お市の方は、あの織田信長の妹である。諸国をまとめようとする信長の命により、浅井長政に嫁ぐが、その夫と兄は壮絶な争いをすることになる。そして、それから起こる展開はあまりに過酷で、ここで私の拙い説明を入れるのは憚られる。ぜひじっくり本書をよんでいただきたい。きっとそこにみえるはず。幼い童が兄を慕う妹となり、才気あふれる少女となり、誇りある嫁となり、言葉を超えた絆を結ぶ妻となり、愛という希望をつなぐ母となり、そして気高く美しい女となる姿を。「生きてみなければわからない」人生を懸命に駆けた彼女の生き様へ落涙は必至である。  勝海舟は江戸を火の海から救った男として、後の世に広く知られた人物となった。しかし、その勝が高く評価しながらも、今の世、名を全く知られてない男がいる。小栗上野介忠順、その人である。歴史というものが、いかに勝者の側から作られるものであるかを、ここでつらつら述べる気はない。歴史とはそうしたものだ。だが、たとえ名が知られておらずとも、その男が生涯をかけて作り、守り、残したものは、奇しくも今話題の地となっている。横須賀製鉄所、現、米海軍施設である。このドッグは、崩壊していく徳川幕府の小栗上野介とフランス人ヴェルニーとが力を合わせて作り上げた。その苦難の道のりは半端なものではない。そんな彼らの、国を超えた友情と熱意が近代国家への礎を築いたのだ。偉業を達成しながらも、ついに、罪なくして斬られる彼の生涯をどうか知っていただきたい。
『江戸の鼓 春日局の生涯』
澤田ふじ子 徳間文庫 ¥760
『小説 上杉鷹山』
童門冬二 集英社文庫 ¥1000
本名、お福。彼女は長い間、不敬な人物としてゆがんだ評価があたえられてきた。女性でありながら、権力を得るがため、天皇に拝謁を賜り、さらに局号まで賜るなどけしからん、というのである。さらに、彼女の作り上げた大奥というシステムは、禁欲を重んじる性教育が施された現代、未だ、多くの人に誤解を受けているような気がしてならない。そんな私たちに彼女はそっと言うのだろう。「激動時代を生きてきた自分の気持ちがはっきりとはわかるまい」と。太平の世としての江戸を完成させたと誉れの高い、三代将軍、徳川家光。どんなに優れていた彼でも、竹千代という名の幼い頃はあった。その竹千代を実の母よりも「母」らしく、最高の将軍に育て上げた、お福の狂おしくもせつない愛情に、あらためて、親子の絆とは何か考えずにはいられないのだった。 荒廃しきった米沢藩。その中で若き上杉治憲がいかに人々に希望を与える藩政改革を行うかは、いろんな本で語られている。私がこの本を推したいのは、政治的手腕が詳細に書かれているからだけではない。治憲と、家来の佐藤文四郎、その想い人、みすずとの間に起こるドラマが、信と情の交錯を見事に描いているからだ。みすずは文四郎に想いを寄せながらも、養母が死んだのは治憲の不当なリストラであると怨み、治憲に直に訴え出る。しかし、それはみすずの思い違いであるのだが、治憲は何も言わず、改革への苦情を其の身に受け止める。傍にいる佐藤の胸中やいかに。自分の最も愛する人が、誤解によって、最も尊敬する人を傷つけている。そして、驚くべき行動にでる佐藤。その後、みすずが気付く想いがまた熱い。人が人を動かす時、そこにあるものが何かを問う、会心の一作。
『真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』
海道龍一朗 新潮文庫 ¥940
『真田騒動 恩田木工』
池波正太郎 新潮文庫 ¥580 
 どんな戦いであれ、その時、人には圧倒的な「我」が芽生える。勝ちたい、倒したい、負けたくない。命をかけて臨む場合、さらにその想いは強くなる。生きるか死ぬか、二つに一つ。自分が生きるためには相手を倒さなければならない。だからこそ、倒すための技を日々鍛錬するのだ。普通はそう考える。だが、彼は理屈ではなく直観で思ったのだ。
「己も死なず、この漢も死なせずに、互いの真剣のなかにその先を垣間見る」
あの剣豪、宮本武蔵の師匠たる存在、柳生石舟斎や宝蔵院の胤榮も、この人に出会わなければ、その才覚を発揮することはできなかった。上泉伊勢守信綱。のちに剣聖と称えられた彼が目指した剣とは、武とは何か。その境地を知るとき、あなたの中の、「武道」という言葉のもつ意味が、少しずつ変わっていく鼓動を感じられるかもしれない。
この本で、忘れられない印象的な場面がある。主人公の恩田木工が若き日の頃、家を継ぎ家老職となる将来のために、江戸へ遊学しに行くことになる。そのとき、財政が逼迫している信州松代藩にあって、質素倹約を率先して努める父が、「これを持て」と七十両の大金をそっと木工に手渡す。そして真剣な面持ちで「遊べ」と言う。「お前は勉強しに行くのだから、遊ぶなよ」と普通は言うところだ。しかし、木工の父は言うのである。「思いっきり遊んで、しかも学んで来い。わしのあとを継いだら、遊ぶことも贅沢も許されぬ。これは親の慈悲と思ってもらいたい。」
そして木工は思い知るのである。贅沢な暮らしが、どれだけ人を麻痺させ溺れさせるかを。その経験があったからこそ、困難な財政改革を庶民の側にたって指導できた。親が子に残す「財産」の尊さを知る一場面である。
『峠』 
司馬遼太郎 新潮文庫 ¥上700 中780 下620
『戦国風流武士 前田慶次郎』
海音寺潮五郎 文春文庫 ¥550
 司馬さんの幕末ものといえば、坂本龍馬や土方歳三など有名な人物の作品がいくつもある。その中で、あえて、私はこの本を強くお奨めしたい。主人公の名は河井継之助。戊辰戦争というと、会津や函館を思い浮かべると思うが、新潟の長岡でも凄まじい戦闘が行われている。その時の、長岡藩トップがこの継之助である。司馬さんにして、最後の武士、と言わしめた男。しかし、それは勇猛果敢な豪傑という意味ではない。「刀は武士の魂ではない」と言い切り、当時最高の近代兵器を買い集め、徳川にも薩長にもつかず、長岡藩をスイスのように中立国にしようとした。優れた先見の明を持ちながら、最後まで、己が一人の「侍」であることを自覚し続けた男の物語。国家ブームの昨今、もう一度、真の武士道とは何かを問い掛ける、強烈な作品。 波にのっている権力者ほど厄介なものはない。天下をとってしまった豊臣秀吉もその一人だった。彼が道理に合わないことをしても、機嫌を損ねてはと、家臣の誰も諌言しない。調子に乗って馬鹿騒ぎを興じる秀吉の前に、一人の男が躍り出る。一匹の猿を従えて。
 真面目に通せば角が立つ、さりとて、言わずにおれば腹が立つ。そんな場面で、知恵と工夫と皮肉を披露した前田慶次郎の洒落は、なんとも痛快で胸がすかっとする。変わり者、傾き者、半端者と周りから嘲笑されても、めげることなく、己が思うがまま生きる彼に、あっぱれ!と喝采を送らずにはおられない。松風という荒くれ名馬を乗りこなす、武の才能。源氏物語や伊勢物語も読みこなす、芸にも深い教養。まさに文武両道の人物だが、どうやら、本物の色恋沙汰には四苦八苦したよう。それもまた洒落ていて面白いところだ。
『秋山好古 明治陸軍屈指の名将』
野村敏雄 PHP文庫 ¥740
『秋山真之 伝説の名参謀』 
神川武利 PHP文庫 ¥800
時は明治後半、列強が名を連ね、アジアに進出してくる最中、日本が近代国家として仲間入りを果たせるかという瀬戸際。立ちはだかる大国ロシアとの戦い。陸の戦闘を引き受けるは、秋山好(よし)古(ふる)である。この男ほど「漢」を感じる人物に出会ったことはない。いずれ敵となるロシア人と親しく酒を飲み交わし、いざ戦場でも、銃弾雨あられの中、酒瓶を片手に、先陣きって突っ込んでいく。付き従う勇猛果敢な騎兵隊も、彼がその経験と才覚で一から作り上げたものだ。語りたいことは山ほどあるが紙面の都合上、彼が軍を退いて校長を勤めることになった時の一言だけは、紹介しておこうと思う。「日本人は少しでも地位を得て退職すると、遊んで恩給で食うことを考える。それはいかん。おれで役に立つなら何でも奉公するよ。」清清しも剛毅で実直な人柄が偲ばれる。  後の世に、史上最大の大勝利と、いい意味でも悪い意味でも、もてはやされることになる日本海海戦。その勝利の一番の功労者とも言えるその男は、連合艦隊旗艦「三笠」に乗り込み、練りに錬り上げられた作戦を披露した。彼の名は、秋山真(さね)之(ゆき)。好古の実の弟である。この兄弟はそれぞれ、陸と海にわかれて日本を勝利に導くことになった。勝利後、総司令官東郷平八郎が訓示したことで有名な解散の辞は、実は真之が書いた。「神明はただ平素の鍛錬につとめ、戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄光を授くると同時に、一勝に満足して治安に安んずる者より、ただちにこれをうばふ。古人曰く、勝って兜の緒を締めよ。」確かに、運が、天が、神が味方した。だが、その裏にある、とてつもない苦労と努力の日々を忘れてはいけない。そう今でも彼は静かに告げている気がするのだ。