笑える文庫

                           十冊
 前章紹介の文庫で思い切り泣いていただいた方、あなたにとって素敵な夏の思い出の記念となるような一冊は見つかりましたか?
 さあ、続いてのこのコーナーではあなたのその美しい夏の思い出も木っ端微塵に吹っ飛ばすようなセレクション。
 ということで笑っていただきませう。
 「笑える文庫」のコーナーでございます。
 しかし、本フェアの選定委員はそろいもそろってヒネクレ者ばかり。集まったラインナップも、健康的な笑いより、ブラックな笑いに溢れたモノが殆どになっちまいました。
 でも笑うってそういうことでしょ?不謹慎と分かっててもつい笑ってしまう。そこにこそ笑いの真髄があると思うのですよ。ナーンテ、そんな硬いことなんか考えなくてよろし!
 あなたの脳髄をくすぐる「ニンマリ本」から、腹をよじれさせる「爆笑本」まで、様々な笑いをお楽しみくだされ。

                          
日野 (八千代台店)






 ヘリオット先生奮戦記 J・ヘリオット著 ハヤカワ文庫 上下¥700

   泣けて笑える本と言えば、浅田次郎のきんぴか・シリーズやプリズンホテル・シリーズを真っ先に思い浮かべる読者が少なくないと思う。まだ文庫にはなっていないが、川上健一『翼はいつまでも』も、この分野の最高峰の一つである。
 だが、もし仮に一冊だけ選べと言われたら、文句なしに本書を挙げる。
 これは、イギリスのヨークシャー地方で獣医として働きはじめたヘリオット先生の回想録シリーズ第一弾だ。イシャの爆笑回想録としては、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』に比肩する傑作。深い洞察力に支えられた的確かつユーモラスな人物描写は、ウィットを何よりも重視するお国柄のなせる業かもしれない。
 エモーショナルな情感とヒューマンな温か味、そして動物たちへの限りない愛おしさ。忘れかけていたものを思い出させてくれる、貴重な一冊である。

   茶木則雄(本店)

 男たちのかいた絵 筒井康隆著 新潮文庫 ¥400
 少年期に、本書収録の『星屑』を読んで爆笑し、勉強机を蹴飛ばして椅子から転げ落ちたことは、なかなか信じてもらえないが、本当である。筒井康隆をかじったことのあるひとで、男性のほとんどは、わはは! とこのエピソードを笑ってくれるが、女性のほとんどは、軽蔑の眼差しで私を見る。ブラック筒井のヤクザストーリー当然ながらこちらの予想など軽く飛び越え、毒の矢をバシバシ撃ち込んでくる。世にあまた存在する、ノワールと呼ばれるクライムノベル群にも、性倒錯者や人格の破綻したキャラクターは登場するが、ここまでイッちゃってるのはそうはいかないだろう。活字だから笑いに持っていけるが、映像だったら嘔吐ものである(いや、ただひとり三池崇史監督なら笑いも可能かも)。いやだ、下品、気持ち悪い。今日も決まり文句が浴びせられる。だが、私は分かっている。あの軽蔑の奥底で妖しく光り艶めく好奇心を。禁断の果実ほど甘い。さあ、この笑いをぜひ。

   宇田川(本店)

 国語入試問題必勝法 清水義範著 講談社文庫 ¥448
 吉川英治文学新人賞を受賞した清水バスティーシュ、傑作中の傑作だ。表題作の強烈な一発ギャグは、ユーモア小説史上においても他に類を見ない、まさに群を抜く爆笑ネタだった。
 本来の勉学目的を逸脱し、受験テクニックの優劣のみを競う国語入試問題のバカバカしさ、とんでもなさは、誰でも知っている周知の事実である。が、それをここまで極端にデフォルメしながら、なおかつ一見デフォルメに感じさせない著者の卓抜した創作技術は、特筆に価する。何しろ、予備校の国語教師がマジで本書を参考にするようネットに書いているくらいだ。
 まるで朝の連ドラの主人公を思わせる数奇な運命を要約した出題文の問題と回答は、後世に語り継がれるはず。
 「いろいろあった」はその年、本好きの仲間たちの間では流行語になったことを付け加えておく。

   茶木(本店)

 三島由紀夫レター教室 三島由紀夫著 チクマ文庫  ¥520

   三島由紀夫がこんな作品を書いていたのを知ったのは、高校時代にハマった三島熱が再びぶり返してきたハタチを少し過ぎた頃だった。文庫化された三島作品もすいぶん読んだな、と思った頃に書店に異様に高く積まれた文庫を発見し、それがこの作品だったのには、当時人気絶頂のミュージシャンの紹介とのPOPがついており、時の人の影響力とはすごいもので、その頃書店で働いていたかったと思う昨今である。ところでこれは小説です。読み始めていきなりのカウンターパンチに笑わずにはおれないでしょう。相当な皮肉が隠された大げさな文章の一つ一つにオカシミが・・・どの登場人物に感情移入できるかで、年齢と言うものを叩きつけられるという、ヨクデキタ二重のしかけもあり、もしかすると爆笑本というよりは何よりもオソロシイ作品なのかもしれない。

   (昔の女子高生K・片山)

 日本殺人事件 山口雅也著  角川文庫 ¥552
ミステリを愛好するものの間に、「バカミス」という言葉が存在する。作者は大まじめなのだが、度が過ぎて、仕掛けが荒唐無稽の極致に達してしまったものや、過剰なユーモアやナンセンスなギャグを全編に配し、爆笑の渦で独特の世界観を構築する作品を総じて、こう呼ぶ。珍妙なハラキリ事件、茶室の密室、オイラン連続見立て殺人、それに挑むは私立探偵トウキョー・サム(東京・茶夢)!超ジャパネスクに彩られたこのミステリ絵巻に対し、リアリティを偏重する連中は顔をしかめるだろう。だが、管轄を無視して走り回る刑事や、現場にいたというだけで捜査に首をつっこめる素人探偵にどんなリアルがあるというのか。中途半端なファンタジーはそのへんにして、センスあふれる笑いと鋭い論理で築かれた絢爛たる伽藍を、ぜひともご賞味いただきたい―って、マジメぶってみたが、わはは! これおもしれ〜っスから、電車で読むときは気を付けたほうがいいぞ!

   宇田川(本店)

 火星人ゴーホーム F・ブラウン著 ハヤカワ文庫 ¥600
  知る人ぞ知るフレデリック・ブラウンの、知る人ぞ知る傑作が本書である。カリフォルニアの砂漠の一軒家で、SF小説の原稿に苦吟している小説家が主人公だ。彼のもとに突然、奇妙な緑色の小人が尋ねてくるところから、物語は幕を開ける。十億もの性格の悪い火星人が突如、地球上に現れて、いたるところで人間をおちょくりはじめる。彼らは自在にテレポートそ、あらゆるものを透視する能力を持ち合わせていた。ミソは、火星人の声を聞き、姿を見ることが出来ても、実態を持たない彼らに触ることができない、という設定だ。したがってどんなに腹が立っても、人間は彼らに対し、殴ることも蹴ることも出来ないのである。何と言っても笑わせてくれるのは、火星人出現以後の人類のセックス・ライフだ 
 痛烈な風刺と軽妙なユーモアが、全篇に炸裂する一冊。

   茶木(本店)

 踊る黄金像 ドナルド・E・ウェストレイク著 ハヤカワ文庫 ¥718
 ウェストレイクの作品中、私が一等好きな作品が本書である。とかく笑いを盛り込んだスピーディーな作品というのは、過剰な暴走にパワーを注ぐあまり、物語の展開が進むと収拾が付かなくなるものだが、この作品が素晴らしいのは、最後の着地も見事に決まるところである。南米から密輸されてきた百万ドル相当のアステカの黄金像。これがとんだ手違いから十五個の複製品に混じって散らばったから、さあ大変! マンハッタンを舞台に繰り広げられる、小悪党どもの黄金像争奪戦は爆笑必死! 笑えるミステリの最高峰にして、仕掛けの妙、ラストの捻りワザもオールタイムベスト級の冴えで読者を唸らせる、傑作中の傑作。この夏、眠ることも、食べることも、風呂さえも忘れて笑いの波に乗りたい方は、ぜひ!

   宇田川(本店)

 新・親孝行術 みうらじゅん著 宝島文庫 ¥476
うーん、当コーナーは笑える文庫と題して、各選定委員が選りすぐりのエッセイや喜劇など実に味のある笑いを紹介しているのに対し、俺と来たらなんだ!こんな本ばかり紹介してていいのか?(いいのだ。)
 ご存知イラストレーター兼マイブーマーのみうらじゅんが二十一世紀日本の正しい親孝行のあり方を提言する名作実用本である!親孝行を「プレイ」に徹することで親子円満、家庭円満を目指すのだ。例えば・・・すき焼きを囲んだ家族の正しい席順から父親とのすし屋での会話術、果ては妻や孫の活用法まで、様々なプレイが学べる(やれやれ)。
 親高校は心の問題などではない、どう実践していくかがポイント。もっといってしまえば「偽善」の実践なのだ。しかしこの偽善提唱本原稿を見つけて読んだ母の一言・・・「あんたはホンマはやさしい子や」これにより、みうら氏の親孝行最終目標は、「オカンを爆笑させること」になったらしい。

   日野(八千代台店)

 中島らもの特選明るい悩み相談室 集英社文庫全3冊 各¥533
人はなぜこんなにも悩みというものを他人に打ちあけたがるのか?他人に相談したところでどうにもなるまい・・・なんて物言いをしたり顔で口にした者は、この世界にきっと何百万人といることだろう。それに回答を申し上げるならば、悩みを打ちあけるのは、相談者にとってこの上ない快感だからではないか?と思うのだ。そしてその快感に更なる快感をもたらしてくれる最高の相談相手こそ、先頃、薬物取締法違反で逮捕(笑)されたわれらが中島らもセンセーである。
 朝日新聞に10年にわたって連載された名物コラムだが、こんなマヌケな悩み事を真剣に相談する方もする方だし、それに真剣に(?)答える方も答える方、更にはこんな相談室を10年も連載し津杖kる新聞も新聞だ(笑)
 今回紹介する集英社版は「特選」として全3冊。その一は(家庭編)、二は(常識編)、三は(未来編)、というわけで、現代日本の赤裸々な姿が映し出された名作だ。悩み多きすべての日本人必読である。

   日野(八千代台店)