| 泣ける文庫 十冊 |
| 本を読んで泣いたことがあるだろうか。人間にとって「泣く」という行為は必ずしも後ろ向きなことなんかじゃない。泣いたことで違った自分というものが見えてくることもある。 しかし、正直私は最近巷に溢れる「泣ける」ということを押し売りするような書籍の数々に、書店員としても読者としても少々辟易している。「泣く」ということは自分自身を確認するための一つの方法であって、それ自体が目的なんかじゃない。ではここに選ばれた「泣ける十冊」と題された文庫の数々はどうなのか? ここには、「さあ泣きなさい」といわんばかりに感動を押しつけるような本はない。むしろ読み進んだ末に感動した結果、涙が落ちたという選定者の思いが込められているセレクションだ。しみじみと感動できる小説から、男泣きの超大作まで、ぜひ紐解いていただきたい。 あなたの夏の思い出の一冊がこの中から見つかることを願って・・・ 日野(八千代台店) |
|
海は涸いていた 白川道著 新潮文庫 ¥743 |
|
|
粗筋だけ紹介すれば、よくある話でしかない。義理人情の世界を描いた浪花節的ロマンだ。ただし本書は、語り口の抜群に上手い浪花節である。 浪花節だけあって、身の奮えるような決め台詞が随所に登場する。デビュー作『流星たちの宴』もそうだったが、アフォリズムのオンパレードと言っていい。 しかも浪花節だけあって、泣かせる、泣かせる。男と女、男と男、父と息子、兄と妹、そして追う者と追われる者――涙腺をくすぐる興趣のあらゆる要素を詰め込んで、読む者を滂沱の海に沈めてくれるのである。 前半は北方謙三『檻』を、後半は松本清張『砂の器』を、クライマックスはつかこうへい『蒲田行進曲』の池田屋階段落ちの名シーンを、彷彿とさせる。これだけ揃っていれば、泣くなという方が無理だと思うぞ。 茶木則雄(本店) |
| 三たびの海峡 箒木蓬生著 新潮文庫 ¥629 | |
![]() |
本書は、「日本人が書いておく義務がある」という強い意志によって生まれた畢生の大作である。第二次大戦で強制連行された朝鮮民族の側から描かれた、痛ましくも凄絶な復讐譚だ。 男には、命に代えてもやるべきことがある――。自らの信義と意地を貫いた、まさに「男の物語」と言っていい。 と同時に、日本人と朝鮮人の切なくも熱い悲恋物語であり、顔さえ知らなかった親子の絆を描いた父子物語であり、何よりも、戦後半世紀たっても決して拭い去ることのできない思いを描いた「恨(ハン)」の物語である。 強制連行した朝鮮民族を日本はどう扱ったか。牛馬以下の非道な仕打ちに、読んでいて胸が痛くなる読者は少なくないだろう。 読後、涙に浸りながら思ったものだ。 日本人は読んでおく義務がある。 茶木則雄(本店) |
| いまひとたびの 志水辰夫著 新潮文庫 ¥438 | |
|
落涙小説史に金字塔を打ち立てた傑作短編集である。「泣いた、泣けた、泣かされた」という帯は、伊達ではない。 それまでのケレンを捨て、本書で志水辰夫は、酔わせる文体を駆使してストレートに愛と死を謳いあげた。 淡々と死を見つめた「赤いバス」に泣き、夫婦の絆を描いて感動をあらわにする「夏の終わり」に涙し、志水版『足長おじさん』とも言うべき「七年のち」のラスト一行に、心震わされた。 いずれも田舎を舞台にしているが、物語の奥底を流れるのは、中年から初老にかけての、やるせない喪失感である。失われていく田園風景に、登場人物同様ほろ苦いノスタルジーを味わう読者も、少なくないはずだ。 重ねて言う。本書は紛れもない傑作落涙集である。その感動は、浅田次郎『鉄道屋』を凌ぐと言っても過言ではない。 茶木則雄(本店) |
| 恋文 連城三紀彦著 新潮文庫 ¥400 | |
![]() |
優しいという事は、美徳であり相手を救ったり癒したりもする。しかし、優しいということが却って人を傷つける場合もある。 そんな当たり前のことではあるが、その当たり前のことをさらっと描いて見せているのがこの短編集である。登場人物たちはそれぞれその優しさでもってある決断を下している。その結果はというと、どれをとってもやりきれないものではあり、一方で清清しい読後感を感じる。その為、どの物語も明確な終わり方をしていない。主人公、あるいはその周りの人間が、その後どんな選択をしたのか。または、自分だったらどういった道を選ぶか。それを、想像してみるのもいいだろう。この本ではただ、付き合ったり結婚したり別れたりといった当たり前の形の恋愛は描かれていない。優しいが為に曖昧になってしまう、おとなの恋愛を試されてみてはいかがだろうか。 太田(瑞江店) |
|
草の花 福永武彦著 新潮文庫 ¥438 |
|
|
わずか二百五十ページほどの小説が、読み終えた後は大河小説を読んだ気にさせられる。この作品に出会ったのは、高校生のときだったが、その頃はまだ、この小説に込められているいろいろなものの一部しか読み取れていなかった。戦後の日本、あるサナトリウムに入院しているひとりの青年(詩人)が、そこで出会う汐見茂思という人間の姿を、彼の目を通して描かれる章と、汐見の書き残した二冊のノートを軸に展開される。 「サナトリウム」という言葉に古くさいと拒否反応を示さずに、ぜひ読んでほしい。人間の根源や宗教といったことを考えさせられ、いろんな読み方ができ、恋愛小説としても素晴らしい作品。ただ、ひたすらに美しく、せつない。今が青春の只中にいる人も、かつて高校生だった人も、感受性豊かなあの頃に戻れる名作。 片山(本八幡店) |
| 住宅顕信句集 未完成 住宅顕信著 春陽文庫 ¥840 | |
|
「住宅顕信」と書いて、スミタクケンシンと読む。夭折の俳人、一体何者?恥ずかしながら知りませんでした。しかも生きていればそれでもまだ、四十二歳だなんて・・・一部の句が高校の教科書に採用されたり、「ちびまる子ちゃんの俳句教室(集英社)」に収録されたり、海外で評価されたりと、結構な有名人だったんですねー。ミーハーな前置きはさておいて。彼自身は白血病を二十三歳で患い、約三年後に亡くなるのですが、たった二十五年の生涯で結婚、出産、離婚、転職、出家、闘病と、このバイオグラフィーだけでも既に胸に熱いものがこみ上げてくるのですが、その上で読む句は、その一句一句が全て自ずと目頭が熱くなるのです。句に併せて添えられたモノクロ写真がアクセントになっていて、俳句を若い世代の人達によんでもらおうという心意気も感じられる。 片山(本八幡店) |
| ブルー・ベル A・ヴァクス著 ハヤカワ文庫 ¥920 | |
|
ニューヨークのアンダーグランドを舞台に、無免許の私立探偵バークとその仲間たちが活躍するシリーズの最高傑作である。 作者はこのシリーズで、一貫して幼児虐待を追及しているが、もう一つ特徴的なのは、毎回バークに絡むヒロインの存在だ。本書が最高傑作たり得ている最大の要因は、そのヒロインの造形にある。 ベルは近親相姦で生まれた子供だが、バークに疎外者としての同じ匂いを感じ取り、彼に親近感を抱く。暗い出生を打ち明けたベルは、生まれて初めて癒されるのだ。アウトローの世界に生まれて死ぬー―と思いを定め、バークにすべてを投げ打つ覚悟で愛を傾けるベルのキャラクターが出色。クライマックスでは万感胸に迫り、堪えようとしても落涙を禁じえない。恋愛描写で臆面もなく泣いたのは、これが最初で最後、である。 茶木則雄(本店) |
| ラーゲリから来た遺書 辺見じゅん著 文春文庫 ¥476 | |
|
昭和二九年八月二五日、ハバロクスクの強制収容所で一人の日本人が亡くなった。彼の七通目の遺書が実家に届けられたのは、それから四半世紀以上も経ったある夏のことだった。 本書は、望郷の念を抱いたまま異国で朽ち果てた一人の男の肖像を、克明に描いたノンフィクションである。不屈の精神と生命力を持ち、過酷極まりない状況に置かれてもなお、人間らしく生きようとする主人公の姿に、感動を覚えない読者はまずいないはずだ。そういう男だからこそ、仲間たちは彼の遺書を、何としてでも家族の許に届けようとしたのである。 真摯に書かれた遺書ほど、涙腺を刺激するものはない、しかしそれにしても、本書の、子供たちにあてて書かれた遺書の、何と切なくも感動的なことか。思い出すだけで、熱い涙が込み上げて来る。 茶木則雄(本店) |
| 女王陛下のユリシーズ号 アリステア・マクリーン著 ハヤカワ文庫 ¥840 | |
|
この作品を選ぶにあたり、私には躊躇があった。理由は簡単、有名過ぎると思ったから。が、それでも結局選んでしまった。なぜならーー今年必読の大傑作、福井晴敏『終戦のローレライ』(講談社)を評するのに、「いやもうユリシーズ級ですよ!」と云っても、キョトンとされてしまうことが多かったから。けっこういるようなのだ、未読の人がーー。 これはいかん!本書を読むということは、イコール今年の夏が忘れらない特別なものになる!と云い切れるほどの歴史的傑作なのだこれは。第二次大戦末期、ドイツの戦艦をおびき寄せるためだけに出撃する、囮輸送船団と護衛艦ユリシーズ号。それは片道の燃料しか許されない、死を約束された作戦だった。嵐の北極圏で敵の総攻撃を受けながら、死の前進を続ける船団だが、ついにユリシーズ号を残して壊滅してしまう。果たして、船と乗員の運命は!?全編感動のつるべ打ち。書いてるいまさえ涙が流れる、必読の物語! 宇田川(本店) |
| 敵対水域 P・ハクソーゼン他著 文春文庫 ¥667 | |
![]() |
一九八六年十月、ソ連海軍の原子力潜水艦K―219が、アメリカ沿岸で原子炉事故を起こし沈没した。本書は、放射能汚染という大事故に繋がる直前であった事件の全貌を、米ソの軍事関係者からの綿密な取材と膨大な資料を基に纏め上げたノンフィクションである。 お蔵入り寸前の旧式原潜で、アメリカの最新鋭攻撃型原潜と、一歩も引かず渡り合う軍人魂。ミサイルの液体燃料爆発事故が、最悪の事態に発展していく過程の類稀な緊張感。アメリカ原潜の妨害とソ連上層部の実情を無視した指示。そして、面子よりも部下の命を第一義に考える艦長の突然の解任命令。面白くてとてもじゃないが、止められない。 という話はさておき、これは、究極の自己犠牲を描いた落涙ノンフィクションである。海の男の熱き友情と連帯感が、さらなる感動を呼ぶ傑作だ。 茶木則雄(本店) |