本店店長自作解説

 傑作選10冊

 さて、自作解説傑作選である。

 この「傑作」というフレーズがどこにかかるのかは、いうまでもない。
 むろん、作品自体にかかっている。
 決して、「解説」が「傑作」である訳ではないことを、最初にお断りしておく。
 とはいえ、ここに選んだのは、自分なりに気に入っている解説ばかりだ。
 拙いのは拙いなりに、そのどきどきの全力を傾注して書き上げた、愛着深い原稿ぞろいである。
 読み返すと、筆の滑りすぎている箇所もなきにしもあらずだ。が、褒め始めると止まらないのも、自分の持ち味のひとつと得心している。
 ここに採り上げた十作品は、いずれも年間ベストテン・クラスの傑作である。実際、その年のベストテンに選ばれた作品も少なくない。
 それ以外は、知られざる傑作。
 自信は、大いにあるぞ。

   (二束の草鞋を履く書店員C)






 裁きの街 K・ピータースン著 創元推理文庫 ¥660

解説に自分なりの趣向を凝らしたのは、本書が最初だった。
 いつものように締め切りが切迫するなか、冒頭の一行を書きあぐんでいたときにふと頭に浮かんで来たのが、架空のファンクラブの存在である。事件記者ウェルズ・シリーズのヒロイン、ランシングの魅力を、いかに読者に伝えるかーーー
 そもそもそれが最大の目的で、そればかり考えていたせいだろう。
 えーい、どうせなら、ファンクラブを作ってそこの会員という視点で書いてしまえ!
 そう思って実際やってみると、驚くほど筆が進んだ。原稿用紙一枚あたりの最短時間記録を打ち立てたほどだ。
 本が出てからファンクラブに入りたいという申し出が、業界関係者からいくつかあった。解説者冥利に尽きる。
 九四年度「このミス」七位。

 真夜中の死線 A・クラヴァン著 創元推理文庫 ¥1040
 締切の切迫度という点では、この解説が最も印象深い。
 原稿を書き上げたのは、書評家人生最大の繁忙期だった一九九九年の秋。レギュラーの他に飛び込みの仕事を山ほど抱え、おまけに何をトチ狂ったのか、小説トリッパー誌の大長編一気読みという企画で、とんでもない仕事を引き受けてしまっていた。課題図書は全二十巻の中里介山『大菩薩峠』。平均睡眠時間が二時間を切る地獄の一ヶ月・・・・・・。」
 しかも、あろうことか当時は、まだ手書きであった。原稿を随時ファックスで入れながら、編集者が徹夜でフロッピー入力するという、まさにギリギリの綱渡り。今思い起こしても、鳥肌が立つほどである。
 解説そのものは、自分の中では真っ向勝負の本格派だとおもっている。
 二〇〇〇年度「このミス」十一位。

 仏陀の鏡への道 D・ウィンズロウ著 創元推理文庫 ¥960

 翻訳ミステリー界に新風を巻き起こしたニール・ケアリー・シリーズの第二作である。
 第一作『ストリート・キッズ』の評判があまりに良かったため、逆に、解説が書き辛かった記憶がある。自分のような三文ライターでいいのか、という気持ちが、正直どこかにあったのだと思う。
 これも書き出しの一行にてこずり、ああでもないこうでもないと捻くりまわしているうち、ふと目に止まったのが、訳出が大幅に遅れたことに対する「訳者お詫び」の文章である。
 これだっ、と思いましたね。私のような色物が書いてすまん、という「解説者お詫び」―――まずこれから始めようと閃いた。するとアイディアが次から次に湧いてくる。本文のパスティーシュ仕立てにしたのも、その一環である。
 九八年度 「このミス」 十一位。

 罪の段階 R・N・パタースン著 新潮文庫 上¥781 下¥743
 『仏陀への道』と同じ訳者の海外ミステリーである。
 当時、東江さんは翻訳教室の講師をしていて、授業が終わってから私が店長をしていたミステリー専門書店「ブックス深夜プラス1」に、お弟子さんたちとよく立ち寄っていた。彼女達を交えて何度か酒を酌み交わしたこともある。
 そんな関係もあって、東江訳のミステリーは真っ先に目を通していた。ところが、 「このミス」 のアンケートの締切間際に出版された本書だけは、忙しさにかまけて後回しにしてしまったのだ。
 読んでいれば当然一位に推したのにーーそのときの忸怩たる思いを原稿にぶつけたのが、この解説である。思いの丈が強過ぎて、いささか筆が滑っている箇所もあるが、気持ちに嘘偽りはない。
 これは、法廷ミステリー史上に残る「傑作中の傑作」である。

 匿名原稿 S・グリーンリーフ著 ハヤカワ文庫 ¥820
 これも締め切りを延ばしに延ばした原稿である。あんあまり引っ張りすぎて、並みの解説では編集者が納得してくれなくなった(?)思い出の原稿だ。
 そんな訳で、自分では精一杯の意匠を凝らしてみたつもりである。匿名原稿の書き手を探すという本文の構造を解説にダブらせ、同時進行のパスティーシュ仕立てにしてみたのがミソ。それまでポケミスで出ていたシリーズ七作を、順番を飛ばしていきなり文庫化するあたりの経緯も、それによって上手く誤魔化せたような気が、しないでもない。
 途中で挿入する作中作ならぬ解説中解説が、最も腐心した点である。ハードボイルド・タッチの小説文体は書きやすかったのだが、本格評論を模した解説中解説は、書き慣れないせいか(苦笑)、非常に苦労した記憶がある。
 九四年度 「このミス」 三位。

 迷宮 清水義範著 (集英社文庫) ¥571
 清水さんの文庫解説は本書を入れて三冊。回数的には最も多い作家さんである。最初に依頼されたのは徳間文庫の『黄昏のカーニバル』で次が本書。講談社文庫の『人生うろうろ』はときわ書房に勤め始めてから引き受けた作品だ。
 解説依頼には通常、編集者が見繕いで発注する場合と、作家さん本人のご指名がある。清水さんとは「深夜プラス1」時代に編集者を通じて面識があったけど、この立て続けの解説依頼には、いささか驚いたものだ。
 きっかけは、集英社のBS宣伝番組で本書を絶賛したことではないか、と勝手に推測している。どちらかと言えば書くより喋るほうが得意な私だが、しかしそれにしても、これほど褒め甲斐のあった傑作も珍しい。
 詳しくは解説を読んでいただくとして、本文中の 「記念碑的傑作」 という言葉に、嘘偽りはないぞ。

 静寂の叫び J・ディーバー著 ハヤカワ文庫 上下¥700
 この傑作が何で私のところに廻って来たのか、いまだに分からない。親本刊行時に絶賛した書評家、評論家は、決して少なくなかったはずだからだ。
 唯一の心当たりは、ディーヴァーが化けた、化けた、と盛んに喧伝したことくらいである。これがどういう意味かは解説本文を読んでいただくとして、本書で一番思い出深いのは、インターネットを使っての資料集めだ。
 パソコンを導入する前は、もっぱら図書館を利用して資料を集めていた。原稿を書くのは基本的に深夜から朝にかけてだから、突然の調べ物がでてくるといくら興が乗っていても中断せざるを得ない。その点ネットは便利なことこの上ない。数字関係のデティールは、すべてその成果である。
 とまれ、 「第一級のサスペンス」 という言葉に、嘘はない。一九九八年度 「このミス」 五位。

 闇よ、わが手を取りたまえ D・レヘイン著 角川文庫 ¥914

創世記のハードボイルドを代表するダシール・ハメットとレイモンド・チャンドラー。どちらが好きかと問われれば、恥ずかしながらチャンドラーである。
 非常なリアリズムと上質のリリシズム。どちらも好きだが、あえて選べと言われれば、後者だ。極限まで切り詰めたウィットを駆使して酔わせる文体。選べと言われたら、酒好きの私としては、それはもう後者を選ぶ。昨今はハメット・ダンが多数派だが、レヘインは彗星のごとく現れたチャンドリアン希望の星だった。
 それでつい、筆が走ってしまった。あとで第一作の訳者あとがきを読み返すと、似たような論旨を、後追いで展開している始末だ。まったくもって忸怩たるものがある。
 だが作品自体は 「極上のハードボイルド」 に仕上がっている。自信の二重丸だ。
 二〇〇一年度 「このミス」 八位。

 無間地獄 新堂冬樹著 幻冬舎文庫 上下¥600
 ときわ書房に入社する直前に書いた文庫解説である。
 新堂さんのデビュー作『血塗られた神話』の解説を依頼されたとき、好きな作家だから素直に嬉しかった反面、胸中はいささか複雑だった。第二作『闇の貴族』でこの作家の虜になり、第四作の本書『無間地獄』を大絶賛した私としては、どうせならどちらかの解説を書きたいというのが、当時の本音だった。
 だが、デビュー作を任されるというのも名誉なことである。自分なりに全力投球したのは言うまでもあるまい。その結果、このまさかの依頼で、作品論はともかく作家論的には書くことがなくなってしまった。
 ああでもない、こうでもにないとひねくり回し、この原稿も瀬戸際まで引っ張っている。それにしても、編集者にはいまだに迷惑をかけ通しだったりする。
 死んだら地獄に堕ちるかも(苦笑)。

 葬列 小川勝巳著 角川文庫 ¥667
 横溝正史賞の予選委員を務めていた次期がある。本書を最初に読んだのは、その二次予選のときだった。
 一読ぶっとんだ。小説はいろいろ読んできたけども、これほどの『仁義なき戦い』マニアに出会ったことは、かつて一度もなかったからだ。科白の端々や登場人物の名前に、映画の明らかな影響が見て取れた。
 何を隠そう、超の付く『仁義なき戦い』ファンである。シリーズのビデオはそれぞれ、五十回以上は観ているはずだ。
 そんな私が、横溝賞史上に残るこの作品を、強烈にプッシュしない訳がない。もっとも、その類稀なリーダビリティは誰しも認めるところで、本書は満票で予選を突破している。
 解説が廻ってきたのは、予選会の席上で声が最も大きかったためだろう。地声がでかいのも、たまにはいいことがある。