そこに山がある限りっ!
 山岳本十冊
 ノンフィクションから山岳ミステリ、図鑑までとりそろえてみました。
 雄大で壮絶な山を感じていただければ幸いです。
 
 IY船橋店 小峰




青春を山に賭けて 植村直巳著 文春文庫 ¥470
 フシギなことに、私は雪山の写真を見ると毎回、雪山に立つ登山家の姿が頭を過ぎる。なぜかしらんと思っていたけれど、植村が冬のマッキンリーに消えた1984年、登山好きな私の母親は、その偉大さを当時4歳の私に語ったらしい。おかげで、雪山で旗を手に立つ彼の笑顔とその名だけが、刷り込みのように記憶に残っている。
 読んでみるとわかるが、植村は負けん気気質が強い。ほとんどお金を持たずに観光ビザでアメリカへ向かい、英語もしゃべれないのに現地で働く。お金を貯めては単身山に向かう、まさに放浪と呼ぶにふさわしい生活。だからといって稼ぐためにじっと耐え忍ぶなんて地味な生活じゃない。確かに極貧にあえいではいるけれど、初めての異国の風景、出会った肌の色の違う人々。その描写は実にいきいきとしていて、植村は気持ちのいい人だったんだろうな、と思う。放浪エッセイとして十分に楽しめる一冊。

山靴の音 芳野満彦著 中公文庫 ¥860
 山岳名著シリーズとして本書が出版されたのは、今から三十八年前。私など影も形もない。なぜ知っていたかというと、無類の山岳小説好きの母の影響であるわけだが、永らく絶版だった本書は去年再版され、再び日の目を見ることになった。嬉しいことである。
 お読みいただければわかるのだが、著者は冬の八ヶ岳で友人と、己の足の先半分を失うも、義足をつけ山行を続けた根っからの山男。独白の隙間に挿入される絵と詩、そして苦難続きにも関らず、心底山を愛する陽気な文章。死んだ友を思う昏い瞳。それらが私を魅了してやまない。
 登山家の記述したものには、雪山の怪物じみた恐ろしさや壮絶な遭難、雪の中で孤独と向き合い、自分を見つめなおすという、いささか暗いものが多い。しかし本書からはみずみずしい山の素晴らしさと、山に登る人々のざわめきを感じ取ることができる。まさに、山の素晴らしさを堪能できる一冊。

孤高の人 新田次郎著 新潮文庫 各¥620

 パーティーを組まず、一人で登山をすることを単独行という。本書は、単独行の文太郎、とまでいわれた加藤文太郎という男の生涯を綴ったものである。新田氏が、加藤の奥さんや周囲の人に聞き込みをしたというだけあって、人付き合いが苦手な性格や、山を愛する姿勢など、とても詳細に記述され、まるで彼を紙上に生き返らせたような現実味がある。単独行を続けていた彼は、結婚し子供ができたのを機に山をやめようとするが、その最後の登山として初めてパーティを組んだ宮村の、無謀な計画により共に遭難。冬の北鎌尾根で亡くなった。
 著者は富士観測所に勤務した経験をもち、それだけに雪山の記述は、凍えるようにリアルだ。何より壮絶なのは、一人孤独と戦う加藤の姿だ。雪がやまなければ雪洞を掘り、何日もビバークしなくてはならない。山小屋にたどり着けたとしても、限られた食料と零下の気温に一人で耐えなければならない。孤独に耐えるその姿は、まさに孤高の人、であり、感動を禁じえない。

氷壁 井上靖著 新潮文庫 ¥820
 共に雪の穂高登攀を試みていた友人の死。その原因は当時麻のザイルより耐久性に優れているとされ、普及し始めていたナイロンザイルが切れたという事実だった。ザイルの耐久性をマスコミが大々的にとりあげ、製造会社は実験を敢行。山から一人生還した魚津もいやおうなく、その渦中へ巻き込まれてゆく。これはすでにただの山岳小説ではない。社会問題、友人の恋人との精神的な感応、どろどろした人間社会の澱みが、男同士の友情、山の険しい雄大さを見事に演出している。ストーリーに難解さはないが、その分、魚津の思いが胸にストレートに響いてくる。
 自殺を疑われた友人のことを信じ続けた魚津はいう。
 『おれは小阪という人間をよく知っている。(中略)あのような方法で死を選ぶ男ではない。彼は登山家なのだ。そんなことで山を汚してたまるか!』
 友の命を奪った山。厳しく、人の命をもてあそぶ山はむしろ敵であるのに、彼の語る山は美しく、崇高だ。

遥かなり神々の座 谷甲州著 早川文庫 ¥714
 読み始めたら止まらない本というものがある。本書は山岳度、冒険度、共に満点といえる傑作だ。
 滝沢はエベレストに挑むたび、仲間を失い「死神」というありがたくないあだ名を頂戴している。そんな滝沢に声をかけてきた怪しげな男・林。滝沢は契約金と引き換えに、見知らぬ隊員たちとのマナスル遠征を承諾してしまう。ここまでもあっという間だったが、この後も奇想天外な物語が展開してゆく。ネパール政府、中国政府、カムパ・ゲリラ、その複雑な関係のなかに迷い込まされた、滝沢隊。生き残るために銃を手に、雪山を駆けずり回る滝沢と、隊員のニマ。雪と寒さと、飢餓、そして銃器に追われる場面は圧巻で、まさに血沸き肉踊るサバイバル。
 滝沢が迷い込んだ罠とは!彼を追ってやってきた恋人・君子との今後は!父を探してやってきた、滝沢の知り合い・摩耶の運命は!そしてニマの正体とは!
 十年以上前に書かれたとは思えない、今も胸を熱くする山岳冒険小説!名作といわれるのが頷けます。

ミッドナイトイーグル 高嶋哲夫著 文春文庫 ¥890
 山岳冒険小説と思って手にした本書には、雪山サバイバルだけではなく、美しく強靭な夫婦愛があった。
 北アルプスに墜落した米軍機のステルス戦闘機には、核弾頭が搭載されていた!それを起動させようとする北朝鮮の工作員。阻止を試みる自衛官とそれを追う報道カメラマン・西崎。西崎の別居中の妻である慶子もまた、記者という仕事柄、いつしか渦中へと巻き込まれていく。二人を阻むものは、雪山、政治的圧力、そして銃。人間は危機的状況にあってこそ、本音がこぼれるもの。必ず帰ると言った西崎、帰ってきてと言った慶子。二人の運命は果たして再び交錯するのか・・・甘っちょろい恋愛小説ではない。愛に命をかけたというもの涙ものでもない。しかし、私はこの結末に涙してしまった。
 もちろん、公安を撒いたり、暗号解読、さらには誘拐、闇手術と冒険小説好きにはたまらないスリルも、お腹一杯になるくらい満載なのでご安心を。

狼は瞑らない 樋口明雄著 ハルキ文庫 ¥966
 「瞑る」とは、普通「つむる」と読むが、この題名では「ねむる」と読む。山で眠ることは、永遠の眠りを意味する。
 元要人SPの警察官だった佐伯。彼は、現役時代に知った機密事項により、山岳救助隊となってなお、命を狙われている。厳冬期の山と、警察内部の抹殺計画、二つのスリルが同時に楽しめるという点でかなり楽しめること、請け合いである。
 冬山で銃撃戦を繰り広げたり、雪崩を手榴弾で取り除くなど、本物の雪山では無理だろ?ということが満載だ。けれどそれすら、熱い男たちをひきたてるための舞台に見えてしまうから不思議なのだ。短く、簡潔な文章の一節、一節に、眩暈をおこすほど激しく、鮮やかな感情がとびちっている。スタイリッシュなのに情熱的な文章に、ノックアウトされる。佐伯にしろ、正岡にしろ、彼らの瞬間、瞬間の気持ちが、すっと頭の中に入ってくるのだ。男同士の、友情を超えた信頼という絆が胸にぐっと迫ってくる。

山頂に立つ クリント・ウィリス編 扶桑社文庫 ¥790
 本書は名だたる登山家たちが経験した、苦難を綴ったドキュメントである。冬山での遭難、飢餓、凍傷、滑落、パーティーのメンバーの死。そのすべてに、小説とは違うリアリティがあり、その生々しい記述に、襲いかかる猛烈な冷気を肌で感じてしまう。最も、本当の吹雪はそんなものではないのだろうけれど。
 なかでもお勧めは、アート・デジビッドソンの「マイナス148度」だ。当時、まだ珍しかった冬のマッキンリーに挑んだ彼ら三人は登攀を果たした下山途中、ひどい吹雪に襲われる。雪山の脅威や仲間内での葛藤が語られ、これぞ本物の雪山の醍醐味であろう。
 ドキュメントというのは、小説ほどロマンを追い求めないため、とても地味だ。淡々と、迫りくる死や遭難時の、仲間との不協和音が実直に語られる。偉大な山に、夢とロマンを求める人にはおすすめできないが、本書で語られる山こそが、本当の山の姿なのかもしれない。

高山植物ポケット図鑑 増村征夫著 新潮文庫 ¥620
 山は、平地とは違う植物の宝庫だ。冬が長い分、春になると待ち構えていたように、色とりどりの花が一斉に咲き誇る。
 小学生のころ、富士山の麓に住んでいた私は、よく家族で富士山ハイキングを楽しんだ。夏山解禁のテープカットの時には、たくさんの登山者でにぎわい、まるでお祭りのように楽しかったことをよく覚えている。石だらけの登山道、その左右の土のなかにある鳥の巣や、常に一方向からの風を受け続けるため、片側にしか枝のない木々。その中でも鮮やかに目に焼きついているのは、美しく咲く花々だ。土道ばかり見て歩いていると、不意にとびこんでくる鮮やかな色彩。白、赤、黄、紫、緑色の花。それは筆舌尽くしがたく、胸を躍らせる光景である。山の植物を知らない人たちへ、まず入門書として本書を見ていただきたい。そして、ハイキングへ行き、その素晴らしさを感じていただきたい。山はいつでもそこにある。さあ、あとは、あなたの気まぐれ次第。

落ちこぼれてエベレスト 野口健 集英社文庫 ¥650
 テレビや雑誌への露出が多いので、著者の名前を知っている人は多いと思う。実は、十六歳でヨーロッパ大陸最高峰のモンブラン登頂を果たし、その後十年のうちに、七大陸最高峰世界最年少登頂を成し遂げた、現代で有数の登山家なのだ。本書はその記録を打ち立てるまでの、幼少期からの自伝である。
 問題児だった高校生の頃、植村直巳さんの「青春を山に賭けて」に感銘を受け、登山を始めたという。しかし、その後のスピードが半端じゃない。登山を始めて半年で、高山病に苦しみながらもモンブラン登頂に成功してしまうのだ。苦難を苦難として書かず、根性で乗り越えていく姿はとてつもなく情熱的。植村氏への手紙で構成されるあとがきを読むと、彼がいかに植村氏をまっすぐ見据え、追いかけてきたかが分かり、その純粋さに感動を覚えるだろう。現在は、エベレストや富士山の清掃登山をしている「アルピニスト・野口健」。現代の、熱い登山家の声を是非きいていただきたい。