現代日本を撃つ
株・相場本
壱拾冊

 この「ときわ書房が選ぶ夏の100冊」フェアの準備を始めたのは、まだ雪がちらつく二月の初旬だった。去年の反省を踏まえ、準備はできるだけ速く、というのが全員の総意だった。
 今から思えばこれが、間違いのもとだったかもしれない(笑)。
 全体の企画が出来上がったのは三月。日本経済がようやく持ちなおしの兆しを見せ、株価が一万円を突破した頃だ。上げ相場に入って株関連の本が矢継ぎ早に出版され、それがおもしろいように売れている時期だった。
 そこれ閃いたのが株・相場本フェアだ。実践本は山ほど出ていたが、読み物はほとんど皆無に等しい状況だ。今ならきっと読者が飛びつくはずーーー
 まさに短絡的発想であった。六月に入ると株価は低迷、株本ブームもすっかり熱が冷めている。
 正直言って売れるかどうか、不安である。果たして利幅は稼げるのか。企画立案者としては、固唾を飲んで見守りたい。




最後の相場師 津本陽著 角川文庫 ¥525
 相場師・是川銀蔵をモデルに書かれた小説である。これは「相場師一代」よりもドラマチックだ。それは、奥さんのキャラクターにもあらわれている。「相場師一代」では、同和鉱の株で設けが消えてしまった後で、株はもうやめるといった是川に、妻の須見は「もうこんな勝負はこれきりにしてください」という、普通の奥さんである。それに大して「最後の相場師」では、同和鉱の株を売るかどうかで迷っていた平蔵に、妻・お千代は言う。「あんたは、残りの人生を悔いないように生きはるために、相場をやらはったんやから、儲けはったお金を全部すってしもうても考え通りにやらはるのがええのとちがいまっしゃろか」
 私はきっと、お千代みたいには言ってあげられない。こんなことでは金儲けの上手な人のところにお嫁にいけないかもしれない・・・と思い、にわかに焦る今日この頃である。
(本八幡店・青木)

相場師一代 是川銀蔵 小学館文庫 ¥630
 大学生の頃、父に言われたことがある。「日本の株は素人が儲からないようになっているから株には手をだすなよ」という主旨のことだった。育ちがいい上に、生来愚直な私は、父の教えどおりに株には手を出さず、というよりも株の仕組みさえわからないまま大人になってしまった。
 そんな私でも面白く読めたのが本書だ。
「最後の相場師」と呼ばれた是川銀蔵の自伝である。彼の半生は何度も危ない橋を渡る波瀾万丈な人生である。相場師として有名な是川も、当たり前だけど全てがうまくいったわけではない。しかし、恐るべき向上心で、人生をかけた緊迫した場面を何度も繰り返しながら、是川銀蔵はうまく時流に乗っていく。谷底からはいあがるかのような、根性のある是川を知り、ただぼんやりと時を過ごしてしまう自分を恥ずかしく思うのだった。
(本八幡店・青木) 

修羅場のマネー哲学 木戸次郎 幻冬舎アウトロー文庫 ¥560
 元証券マンの著者は、二十代前半のバブル絶頂期、一回のサラリーマンでありながら一億八千万の個人資産を抱えていたという。学生時代に設立した弁当屋が大当たりし、その金を元手に狙いをつけた株に次々と投資。瞬く間に資産を増やしていった。湯水のごとく金を使っても、資産は減るどころか増え続けたというから驚く。
 が、バブル崩壊直後の二日間で、著者は七億以上の損失を被ってしまう。すべてを失い残ったのは、一億五千万の借金だけ。
 凄いのはここからだ。借金を丸九年で完済したのも凄いけど、それを株で取り返したのが、もっと凄い。バブル期ならともかく平成大不況の真っ只中である。具体的な株取引のデータを読めば、それがいかに困難を極めたかがわかる。
 ここにあるのは、まさに修羅場のマネー哲学だ。読めばあなたにも、投資の本質が見えてくる?
(本店・茶木)

狂騒曲 久間十義著 角川文庫 ¥800

 東京の地価総額アメリカ全土のそれを越え、夜の銀座では一本百万円のドンペリが飛ぶように捌けていた時代。狂乱のバブル期を背景に、徒手空拳で株と不動産の世界を渡り歩き、壮絶なマネーゲームを制した男。本書は、地上げ屋から伸し上がった一人の男を主人公に、金に憑かれた男たちの狂気を、濃密な筆致で描いた相場小説である。
 数百万円から始まった主人公の投資額は、瞬く間に億を越え、クライマックスの仕手戦では、ついに一千億強にまで膨れ上がる。はっきり言って、登場人物たちと同様に読む方の金銭感覚も麻痺してくる。一億、二億は、まさに鼻っ紙といった感じだ。
 現実がそうであったように、そこには身を切る思いで集めた金という意識が欠落しているからであろう。銀行の不正融資やマネーゲームの実態を通して、バブツの本質が見えてくる格好の読み物だ。
(本店・茶木)

偽造証券 幸田真音 新潮文庫 ¥700
 舞台はニューヨーク。とある邦銀支店内部の事件が米財務省を巻き込んだ思わぬ展開に。この小説は友情を描いたサスペンス交じりの爽快なエンタテインメントである。発表当時のタイトルは「ニューヨークウーマンストーリー」。ここに描かれる登場人物たちの自立した生き様の潔さに、拍手を贈りたくなる。
 著者が作家として歩き始めた頃の作品であるが、彼女の作品をもっと読んでみようかと思わせる、未来の予感に満ちている。その後の活躍は今更ここに書かずともご存知であろう。あとがきにもあるように、NYを実際に旅をするように楽しんで、物語に没頭していただきたい。
 455ページの満の言葉が、胸に響く。
 スカッとしたい方、ぜひご一読あれ。
(千城台店・片山)

波のうえの魔術師 石田衣良著 文春文庫 ¥500
 紙幣が人間の運命をたやすく変えてしまうことが可能なら、銀行というものは恣意によって人の人生を奪うことも可能かも知れない。
 しかし紙幣は紙片にすぎない。それに人生や運命が左右されるなんて、現実と分かっていても、やり切れない思いにかられるものだ。その思いに共感したものたちが今立ち上がった。
 大手銀行に人生を狂わされた老投資家が、一人のフリーター青年にマーケットのあらゆるノウハウを教え込み、殿に銀行への復讐を開始する。
 銀行の暗躍と、猛スピードで動く金融市場の相場、老投資家の老獪な作戦、そして青年の情熱が交錯する時、この上なくスリリングな金融ドラマが展開する。そして全てが「秋のデティール」なる一大クライマックスへと集約されてゆく。果たして最後に笑うのは・・・?
 IWGPでお馴染み石田衣良の野心作。株、相場に詳しい人も、私のような素人も楽しめる金融サスペンスの傑作です。
(八千代台店・日野)

流星たちの宴 白川道著 新潮文庫 ¥900
 バブル期の兜町を舞台にしたこの物語は、正にギャンブルのスリルに身を投じるようにして株に命を翔ける男たちの姿を、リアルに魅力的に描いた金融小説の傑作長編。
 己の欲望のために、犯罪と紙一重の危険に身を投じ、恩師さえも裏切り、一世一代の賭けに自らの全てを投資する男たちは、リスクすらも肉体から求めるような喜びに変えているようで狂気に魅せられた男たちのなんと魅力的なことか。
 このリアルな男たちの世界は、自らも株の世界に身を投じ、頂点とどん底を経験した、白川氏その人にしか生み出し得ないものだ。
 そしてその世界をドロドロと描いて見せるのではなく、「流星」というタイトルが示すとおり、実に輝かしく描いている点に男の「粋」すら感じさせるところに感服。
 登場人物の心理描写とキャラクターの肉付け、そして命台詞の応酬は圧巻で、それだけでも充分すぎるほどの読み応えと感動を得られることは保証する。
(八千代台店・日野)

訣別の時 黒岩重吾著 講談社文庫 ¥730

  戦後の財閥解体にともなう、証券民主化が進む時代に、主人公・尚吾は証券会社の調査部員として勉強を始める。株価の暴騰、暴落、売り、買い。そんな言葉が飛び交う場面にいいしれぬ緊張感を感じてしまう。
 何しろ一夜にして数百万の金が動くわけだから、庶民の私としてはそら恐ろしい世界に見えてしまうのだ。がだ、尚吾が綿密な分析をし、順調に株式世界を渡り歩いていくことには、素直に感動してしまった。
 酒と女、そして株の売買をしながら尚吾はある意味、自分探しをしてゆく。また、同僚の佐川や伊丹、丸坂との嫉妬やコンプレックスを含んだ友情、伊丹の元彼女の悠子との、男女の関係になるまでの心の機微がとても繊細に描かれていて、青春小説としても十分楽しむことができる。実は本書は氏の自伝的小説だという。氏の本は古代が舞台のものしか読んだことがなく、最初は戸惑ったが、やはり人間の心の動きを描くのがとても上手で、すんなり世界に入り込むことができた。
(IY船橋店・小峰)

長者伝説 半村良著 ノンポシェット ¥600
 『黄金伝説』から始まる「伝説」シリーズは、夢枕獏、菊地秀行登場以前に、「伝奇SF」というエンターテインメント小説の新しい潮流として生まれ出た、まさに「伝説」のシリーズである。『長者伝説』は九二年に発表された、シリーズ最晩年の一作。目を惹く奇想と壮大なSF展開で突き進む一連のシリーズ作品だが、今回は奇想を金と株に置き換え、バブル経済真っ只中を駆け上がるサクセス・ストーリーとして、サスペンスフルな展開で突き進む。シリーズの中でも、とくに異色な作品と云える。
 五億円の政治資金を拾った主人公が挑む大勝負は、きっとあの当時、だれもがそうしたかった、そうなって欲しかった理想の具現化であり、その意味では、願望充足小説として本書を楽しむこともできるだろう。不況で冷え切った体を温める痛快娯楽小説。一読されてみては、いかがだろうか。
(本店・宇田川)

紙の迷宮 デイヴィッド・リス著 ハヤカワ・ミステリ文庫 各¥798

 『紙の迷宮』は、一七一九年のロンドンを舞台に草創期の株取引に絡む殺人事件を追う、歴史ミステリ巨編である。今回の「株相場本」のなかでは、異例中の異色であろう。
 一応、この一七一九年という時代にピンとこないひとのために述べておくと、日本では、八代将軍吉宗の時代であり、町火消しの制度が、よくやくできたような頃である。株というと近代的な印象を抱きがちだが、いやいや認識を新たにせねばなるまい(私だけかな?)。作中で「南海泡沫事件」が出てくるが、バブル崩壊を経験した日本の読者には、ミステリ的な部分とは別に大きな読みどころである。時を経ても、本質は変わらないことを実感するだろう。
 そうそう、先頃発売されたリスの新作『珈琲相場師』(ハヤカワ文庫)の巻末に、つぎの作品が『紙の迷宮』の続編だという嬉しい報せが記されていた。本作がお気に召した方は、どうぞ首を長くしてお待ちいただきたい。
(本店・宇田川)