| 茶木則雄厳選! 魔性の文学十選! |
| いつか、ギャンブル小説のベストテン・フェアをやりたい、というのが書店員になったときからの夢だった。その夢がようやく実現し、いざ実際に商品の在庫を確認してみて、腰が抜けるほど驚いた。 阿佐田哲也『ドサ健ばくち地獄』と並ぶ日本賭博小説の最高峰、塩崎利雄『極道記者』(幻冬舎アウトロー文庫)がない! 山口瞳『草競馬放浪記』(新潮文庫)もなければ、伊集院静『ピンの一』(幻冬舎アウトロー文庫)も石月正広『サシウマ勝負』(双葉文庫)もない。藤代三郎の幻の傑作『戒厳令のチンチロリン』(角川文庫)も、もちろんない。さらに樋口修吉『舶来ギャンブル放浪記』(角川書店)は文庫化されないまま絶版になっているし、白川道『病羽流れて』(小学館)も残念ながら文庫化されていない。 というわけで、両手両足を縛られての洗濯になってしまった。忸怩たるものがある。 しかし現有メンバーでは、ベストのラインナップが組めたのではないか、と自負している。ギャンブル小説ファンは、どうか存分にご堪能いただきたい。 |
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ドサ健ばくち地獄 阿佐田哲也著 角川文庫 上¥460下¥480 |
| ギャンブル小説から好きな本を一冊だけ選べといわれたら、迷うことなく本書を挙げる。阿佐田哲也の最高傑作にして日本賭博小説史に燦然と輝く金字塔――『ドサ健ばくち地獄』だ。 「おれはプロだぜ。この落語家がプロのようにな」 バクチにプロなど存在しない。にもかかわらず健は、昂然と言い放つ。そこにあるのは博打いちがいで生きる一匹狼の、意地と矜持だ。死んでも負けない。何をやっても生き残ってやる。凌ぎのプロ達のこの気迫と気概が、行間からすっくりと立ち上がってくる。勝つも地獄、負けるも地獄。身を切られる思いで掻き集めた金を賭けて展開する博打打ち達の壮絶な死闘は、読む者の胸を熱く高ぶらせずには措かない。 ギャンブル好きなら必ず嵌まる。そして何度でも読み返したくなる。本書はまさに、「魔性の文学」の最高峰である。 |
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シンシナティ・キッド リチャード・ジェサップ著(真崎義博訳) 扶桑社ミステリー ¥620 |
| たかだ映画の原作と侮ってはいけない。 1965年にスティーヴ・マックイーン主演で製作された映画「シンシナティ・キッド」は、確かに、今も語り継がれる名作のひとつだ。しかし、原作である本書はそれ以上に素晴らしい。映画をも凌ぐ名作中の名作、と言っても過言ではない。少なくとも、古今東西のギャンブル小説史にその名を留める歴史的作品であることは、疑いのないところだろう。 それもそのはずで、著者のジェサップは週刊文春の傑作ミステリー・ベスト10で第一位に輝いた『摩天楼の身代金』の作者で知る人ぞ知る実力派作家。本書の流麗な文体はまさしく、特筆に価する。ギャンブル・シーンを、かつてこれほど詩的に描いた作品が、あっただろうか。 イアン・フレミングをして「これは本の形をした詩だ」と言わしめたのもムベなるかな、だ。ファン必読の一冊である。 |
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麻雀放蕩記 黒川博行著 双葉文庫 ¥500 |
| このタイトルが阿佐田哲也『麻雀放浪記』のモジリであることは、言うまでもない。と同時に、『麻雀放浪記』への熱烈なオマージュであることも、読み終わった読者には歴然と映る。 もっとも、内容的には『麻雀放浪記』よりも『新麻雀放浪記』に誓い趣の一冊だ。長編ではなく連作集であり、虚構性の強い娯楽作品というよりも実体験に基づいた私小説タッチの作品群である。著者の分身である作家・黒田ヒロユキを主人公に、麻雀、パチンコ、サイコロ、カードに手本引きと、多種多様な種目での実戦が、抜群のデティールで描かれている。そこがいい。 「この一冊にいったいいくらの元手がかかっているかを考えるとソラ恐ろしい」とは、若手女性作家随一のギャンブラーとして名を馳せた故・鷺沢萌の推薦文。 それにしても、人生に元手をかけた人ほど早く逝く。以って瞑すべしーー。 |
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神はダイスを遊ばない 森巣博著 新潮文庫 ¥700 |
| 本書の裏表紙に謡われている「阿佐田哲也を越える賭博文学の最高峰がついに誕生!」というキャッチ・フレーズは、あながち誇大コピーではない。それほど、森巣博の登場は鮮烈だった。 著者は今もオーストラリアを拠点に、世界中のカジノを攻める国際的ギャンブラーだ。本人言うところの「常打ち賭人」だ。小説の世界ではお目にかかっても、現実にはめったに存在しない、博打いちがいで飯を食う本物のプロである。 不敗神話もなければ、無敗伝説もない。森巣作品の根底にあるのは、ギャンブルは負けるもの、という冷徹な視点だ。負けの積み重ねの上に、一瞬だけ訪れる勝ちのチャンスを掴み取るーーこれが、負けても「打たれ越す」プロの極意である。 鉄火場の漲る熱気が伝わってくる迫真のギャンブル・シーンは出色。これは、本物だけが書ける、本物の賭博小説だ。 |
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きみは誤解している 佐藤正午著 集英社文庫 ¥600 |
| 「世界には三種類の人間しかいないーーギャンブルをする男としない男、そしてギャンブルをする男をたしなめる女」 本書の印象的な一節である。この場合、三種類というのがミソ。確かに、ギャンブルをする男をたしなめる女は星の数ほどいても、それをたしなめない女というのは、経験上、存在し得ない。けだし名言だろう。 競輪を題材に、ギャンブルにのめり込む男と女の人間ドラマをヴィヴィッドに描いた本書は、ギャンブル小説である以前に、佐藤正午の手による「小説」である。つまり、ギャンブルに興味がなくとも、充分愉しめる作品に仕上がっているということだ。ギャンブル小説だからと敬遠していた佐藤ファンは、この機会にぜひ一度手にとっていただきたい。 しかしそれにしても、世界の中心で「たしなめる女」たちに叫びたい。 きみは誤解している! |
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深夜特急1 香港・マカオ 沢木耕太郎著 新潮文庫 ¥400 |
| 「サイコロの丁半ばくちで丁、丁、丁と丁が三回続いたあと、丁と半、あなたならどちらに張りますか」深夜の酒場でグラスを片手に、沢木さんは言った。 喧嘩と博打は面(ツラ)を張れという。ツラとは、同じ目が連なることだ。丁と半が出る確率は常に二分の一である。しかし場が明らかなツラ面に傾いたら、途切れるまで張り続けるのが博打の鉄則だ。 「ぼくは迷わず丁です」 「なるほど、博打が好きな人だ」 それが、編集者に紹介されて沢木さんと初めて交わした、最初の会話らしい会話だった。その後の会話が、日本が世界に誇る本格的「大小」小説(?)『深夜特急1 香港・マカオ』に流れていったのは、言うまでもない。 ギャンブルにのめり込んでいく者の心理を描いては、ドストエフスキー『賭博者』をも凌ぐ賭博作品だと、今も考えている。 |
| 牌がささやく 結城信孝編 徳間文庫 ¥620 | |
| 副題に麻雀小説傑作選と銘打たれている。が、率直にいってこれはいささか、羊頭狗肉の謗りを免れまい。本書に収録されている作品のすべてが文字通りの傑作かと聞かれれば、否と答えるほかない。 しかし、本格麻雀小説の開祖、五味康祐の「雨の日の二筒」や黒川博行「東風ふかば」など、副題に恥じない傑作が収録されているのも事実だ。また阿佐田哲也の小品「新春麻雀会」や山田風太郎の怪作「模牌試合」といった、著者の文庫にそれまで収録されていなかった作品が読めるのも、ファンにとっては嬉しい贈り物だろう。 何よりも、バラエティに富んだ選択がいい。本格あれば変格あり、ピカレスクあればパステーシュもある、といった具合だ。ことに清水義範「三人の雀鬼」は傑作。『麻雀放浪記』ファンなら腹を抱えて笑い転げること請け合いだ。 どうか存分にお楽しみいただきたい。 |
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賭博師たち 伊集院静他 角川文庫 ¥500 |
| 伊集院静と樋口修吉。ギャンブル小説のベストを集成するとき、ともに欠かすことのできない作家だろう。が、扉にも書いたように、伊集院静『ピンの一』(幻冬社アウトロー文庫)も樋口修吉『ジェームス山の李蘭』(講談社文庫)も、残念ながら現在は品切れである。両者の作品が収録されているだけでも、本書に一読の価値を見出すことは可能と思われる。伊集院「嵐の去るまで・・・」と樋口「鉄道ゲーム」は、決して著者のベストではないが、その持ち味は存分に伺える作品だ。 しかし何といっても、このアンソロジーの目玉となっているのは生島治郎「ドボンと昏睡」および清水一行「修羅場の男」だろう。ともに阿佐田哲也との交友を綴った私小説的短篇であるが、とりわけ「修羅場の男」は、亡き阿佐田哲也への追悼的意味合いが多分に含まれており、阿佐田ファンには見逃せない一作となっている。 |
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どばくちさいゆうき 西原理恵子 山崎一夫著 角川文庫 ¥420 |
| これは、遠く天竺にあるという「ばかづき王」を求めて旅をすることになった、三蔵法師ならぬ西原法師一行の、ギャンブル漫遊記である。バカラに麻雀、競馬にパチンコ、果ては雀荘経営と、魔窟に巣食うギャンブル妖怪は多士済々だ。お約束とはいえ、連戦連破衣の快進撃(?)は留まるところを知らず、かかった元手を考えると、深くご同情申し上げる、と言う他ない。 西原さんは本書でも、のっけから絶好調だ。アングラ・カジノの店員を、彼女はこう活写する。 「ものすごい腰は低いがアルプスの頂上よりも沸点の低そうな上田馬之介に生き写し妖怪」「あのパンチパーマ・プラス・レイヤードの複合型ヘアスタイルはまさしくマッダーム戸川昌子」。 ちなみに西原理恵蔵が夜道で出会ったら絶対泣く恐いランキングでは、戸川と・・・あとは怖くて書けません(苦笑)。 |
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勝負の極意 浅田次郎著 幻冬舎アウトロー文庫 ¥480 |
| 本書の親本は、ベストブックから刊行された『競馬の達人』である。浅田次郎のデビュー三作目にあたる初期作品だ。第二部「私は競馬で飯を食ってきた」が親本の文庫化で、第1部「私はこうして作家になった」は、ファンには嬉しい書下ろしのエッセイだ。 これが凄いぞ。 何が凄いって、浅田文庫の記念すべき解説トップバッターを、私ごときに任せた作家の度量が凄い。というのは、半ば自慢交じりの冗談だけど、純然たる競馬指南書でありながら、私のような競馬をやらない読者にも圧倒的に読ませるその面白さが、凄いのである。後年「エッセイの名手」と呼ばれる作家の、面目躍如だろう。 詳細は解説を読んでもらうとして、ひとつだけ言いたいのは、浅田次郎の懐の広さだ。『蒼穹の昴』や『壬生義士伝』と同じ作家が本書を書いたーーこれが凄い! |