| 〈出不精が薦める 旅の本10冊〉 |
| 出不精である。デブ性ではない。(たぶん。) ここ一年間で旅に出たのは社員旅行だけである。なぜ旅に出ないのかといえば、理由はある。こんなことを言うと、人生をただうっかりと過ごしてしまうと注意されそうだけど、理由の一つは、うまく気持ちが日常にかえってこられなくなるのが嫌だからだ。だけど、そう言いつつも、私はしばしば面白い本に出会ってしまったとき、うまく現実の世界に帰ってこられないのだ。ひとは、たとえ出不精であっても、スナフキンのような旅する心を捨てることはできない。これを読んでいる皆さんは、夏休みのうちにぜひ、ときわ書房で本を買って、その本を持って旅に出て欲しい。うまく日常にかえれなくなることなんか恐れないで。 青木(本八幡店) |
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三大陸周遊記(抄) イブン・バットゥータ著 中公リブロ ¥1200 |
| ある日、「東京ブックストア&ブックガイド」(交通新聞社)を読んでいて、猛烈に「三大陸周遊記」が読みたくなった。「特にスゴカッタのはどこだかの地方で、奴隷にミルクを盗んだ嫌疑がかかったため、奴隷を二つに切って試したら、ミルクが流れ出てきたというくだり。「切ったらしぬよなあ」とか呟きつつ読んだ」(今柊二)とあって、心惹かれた。しかし、そこで取り上げられていたのは十年以上前の角川文庫版で、すでに絶版であった。残念無念と思っていたら、今年の春に中公文庫版がでた。なんてタイムリーなんだ。これは、「三大陸周遊記」を四分の一くらいの長さにしたもので、早速買ってみたのだが、これが面白い。ところ変わればというやつで、 |
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藤原悪魔 藤原新也著 文春文庫 ¥710 |
| 「好きな男の人のタイプは?」と訊かれたときは、正直に答えることにしている。それなのに、答えをきくと、ひとは大方困惑の表情を浮かべる。私が好きなのは、「マユゲの濃い人」なのだ。 だからというわけではないが、「藤原悪魔」は表紙に惹かれた。表紙にはマユゲ犬の写真が載っている。 本書によれば、マユゲ犬のマユゲはバリ島の屋のオヤジが描いたのだそうで、このマユゲゆえに、マユゲ犬は人々を和ませ、幸せにしていたのだ。あの犬の顔を見て欲しい。私は癒し系なんて大嫌いだけど、マユゲ犬を見るとやはり幸せな気持ちになる。とくに、笑っているマユゲ犬を見ると、あんなマユゲの犬に出会えるなら、旅に出るのもいいな、と思う。もしかしたらあんなマユゲの、素敵な人にも出会えるかもしれないし……。 |
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深い河 遠藤周作著 講談社文庫 ¥620 |
| インドに行ったこともないのにインドの夢を見たのは、「深い河」を読み終えた夜のことであった。タージマハル廟の前を流れるガンジス川の支流で、洗濯(勿論手洗い)をするという、地理的にも、内容的にも滅茶苦茶な夢であった。私のインドに関する勝手な夢はさておき、そんな夢を見てしまうほどに「深い河」は印象的だったとも言える。 本書は、五人の男女が、それぞれ大切なものを失い、その穴を埋めるためにインドに行くという筋である。昨今流行りの「喪失と再生の物語」にありがちなお手軽さや不自然さはここにはない。本当に大切なものを喪失したならば、私たちはそう簡単には再生などできないのだ。だけど、深い河への旅は必ず何かを残す。彼らの旅は、きっとこれから先も続いていくし、それは、読者である私たちにとってもおなじなのだ。 |
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美味放浪記 檀一雄著 中公リブロ ¥940 |
| 旅の醍醐味の一つは、食事である。出不精にそんなことを言われたくはないかもしれないが、たぶん反論する人はあまりいないのではないだろうか。むしろ食事を楽しみに旅に出ることだって多いと思う。本書はそんな人に特にお薦めだ。 私は以前一度だけボルシチを作ったことがある。その時は壇一雄の息子のお嫁さんが書いた料理本を見ながら作った。その本によると、壇一雄は料理を好んだようで、あの時作ったボルシチのルーツは、壇一雄が「美味放浪記」のなかで盗み飲みをしたといっているボルシチかもしれない。 私は出不精なので、たぶん一生、オーストラリアでカンガルーを食べることも、九州でさつま汁を味わうこともないと思うのだが、給料日前でお金がないので、ボンタンアメで飢えを凌いでいる私を、誰か美味放浪に連れていってくだされと思う今日この頃である。(とりあえず、船橋の「天狗」以外で。) |
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珍日本紀行東日本編・西日本編 都築響一著 ちくま文庫 各¥1890 |
| この、京極夏彦さんもびっくりの厚さに驚かないで欲しい。文庫なのか弁当箱なのか分からないほどの厚さではあるが、安心したまえ。ただ、紙の一枚一枚が厚いだけだから。じゃあ、あとは好き勝手にパラパラめくって楽しんでくださいと言いつつ退散したいところであるが、そんなことをすると回し蹴りをくらってしまいそうなので、二、三紹介したい。私がびっくりしたのは自分が行ったことがある場所が本書に載っていたことである。例えば野口英世記念館とか、二本松菊人形館とか、。しかし、行ったことはあっても本書で見ると「うわ、なんて珍日本なんだろう!」と思ってしまうから不思議だ。もしかしたら、や、も一般の観光名所だったりするのかしら? さあ、これを買って部屋で眺めてニヤニヤするのもよし、実際に足を運んでみるのもよしですよ。 |
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崑崙遊撃隊 山田正紀著 ハルキ文庫 ¥861 |
| 崑崙をご存知だろうか。ゴビ砂漠のかなたにあるという神の地、古の生き物達が暮らすといわれている場所のことである。 「崑崙遊撃隊」での旅の目的地は、伝説の地・崑崙だ。当然のことながら、私は崑崙には行ったことがない。百人行けば十人かえるといわれている崑崙へ、私のようなぼんやりした人間はきっと辿り着けないだろう。まず、出発点はゴビ砂漠まで辿りつけるかどうかといったところである。 崑崙へ旅をするのは、愛する女を殺してしまった藤村、屈折した少年・天竜、謎の男・森田、英会話を勉強中の殺し屋・B・W,馬賊の頭目・倉田の五人だ。こんな面子で旅をして、何も起こらないはずはない。狙撃されたり、裏切られたりしながら崑崙へと近づいていく。徐々に明らかになる藤村の過去。作が気になるので歩きながら読み、ご飯を食べながら読んでしまった。 万が一、崑崙にいく機会があったら、サーベルタイガーを連れてきてほしい。 |
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キッドナップツアー 角田光代著 新潮文庫 ¥420 |
| 主人公は小学五年生のハル。物語の中心的出来事は誘拐。犯人は失踪中のおとうさんである。お父さんは典型的な駄目オヤジで、ハルはしっかりもののお嬢さんだ。ごく普通の家庭では、家族旅行をするはずの夏休みだが、二人の夏休みは誘拐で始まる。 お父さんは要所要所でしょうがない人ぶりを発揮する。たとえばこんなところだ。「」こんな調子で旅は続くのだが、最後に来て、しっかりもののハルが子供みたいなこと(まだ子供なのかもしれないけれど)を言う。お父さんはそれに答える。その一言は、ここでは書かない。お父さんの言葉は、少し勝手に聞こえるけれど、私の心にさっくり刺さった。私は、自分で選んで「ここ」にいるのであり、その責任を誰にも押し付けないで生きていきたいな。 |
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ヴェネツィアの宿 須賀敦子著 文春文庫 ¥560 |
| 出不精な上に外国語がからきし駄目な私は、間違っても須賀敦子のように颯爽と外国へ旅立っていくことはできない。私にできるのは、外国語の授業のときにひたすら睡眠をとっていたわが身を振り返って反省することだけである。そんな私でも、須賀敦子の本を読んだあとは、外国に旅立ち、そこで生活したいわ…と思うのである。 『ヴェネツィアの宿』に収録されている「オリエント・エクスプレス」は読むたびにウルウルしてしまう、とても好きな作品だ。若い頃、一度だけかなり派手な外遊をした父が、生涯オリエント・エクスプレスを忘れられなくて、子供たちに何度も何度も当時の話をする。その父が亡くなる前に、娘にオリエント・エクスプレスに乗るように指示し、娘は旅に出るのだ。最後の文章を読むたびに、私は、父のオリエント・エクスプレスへの思い入れと、娘への多分に誇らしさの混じった愛情を強く強く感じるのである。 |
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迷路の街で聞いた話 井上直久著 講談社+α文庫 ¥945 |
| 今回はイバラードを旅することにしよう。おや、イバラードを知らないのか。じゃあ、「迷路の街で聞いた話」を開いてごらん。この街は不思議な町で、空を飛ぶことも、魔法を使うこともありふれた日常の一こまになってしまう。出てくる人々も、人をくったようなキャラクターばかりだ。でも、この街は不思議なだけじゃない。ひどく懐かしい気持ちになるのだ。たとえば、「ウチナダU」とか、「工房の庭」とか、「野原の花火師」なんだが、私の心をザワザワさせる。それはもしかしたら、私が人並みにスタジオジブリが好きで、作者の井上直久さんが「耳をすませば」の美術を担当していたからかもしれない。 ただ、困ったことにイバラードは一度行くとなかなか帰ってこられないそうだ。これを読んでいる皆さんの中で、イバラードに行って、必ず帰ってくるという自信のある方は、私にもお土産に「めげゾウ」(可愛いのだ)を買ってきて下さい。 |
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クラウドコレクター クラフト・エヴィング商曾 ちくま文庫 ¥998 |
| 「雪、売ります」という広告が出ていたら大抵の人は気になると思う。クラフト・エヴィング商曾の店主は、祖父の傅次郎が残した広告を見つけたのをきっかけに、祖父の手帖に記された、アゾットという街の記録を読むことになる。傅次郎はアゾットを旅しながら、様々な物の記録をつけていく。それは古めかしく、懐かしいような品々で、眺めていると欲しくなってしまう。 「クラウド・コレクター」とはだれなのか、雲を売るとはどういうことなのか、アゾットとはどこなのか。そして、祖父はなにものなのか。様々な謎を内包しながら、祖父の旅と、その謎を追う店主の心の旅は、様々な人や物に出会いながら続いていく。謎への答えは、梨木香歩の「裏庭」を髣髴とさせるようで、素敵だった。 この原稿を書き終えたら「ひぃ、ふぅ、みぃ」と呪文を唱えてアゾットへ行きたいな。 |